ペスム

ペスム (Pesmes)は、フランス、ブルゴーニュ=フランシュ=コンテ地域圏、オート=ソーヌ県のコミューン。

Pesmes

行政
国 フランスの旗 フランス
地域圏 (Région) ブルゴーニュ=フランシュ=コンテ地域圏
県 (département) オート=ソーヌ県
郡 (arrondissement) ヴズール郡
小郡 (canton) マルネー小郡
INSEEコード 70408
郵便番号 70140
市長(任期) フレデリック・エナン
(2014年-2020年)
自治体間連合 (fr) fr:Communauté de communes du val de Pesmes
人口動態
人口 2 198人
(2015年)
人口密度 59人/km2
住民の呼称 Pesmois
地理
座標 北緯47度16分50秒 東経5度33分56秒
標高 平均:m
最低:374 m
最高:582 m
面積 37.28km2
Pesmesの位置(フランス内)
Pesmes
Pesmes
公式サイト pesmes.fr

フランスの最も美しい村に登録されているコミューンである[1]。

地理

県の最も南西に位置し、村はソーヌ川支流のオニョン川を見下ろす、石灰岩質の台地の端に位置している。

歴史

神聖ローマ帝国、ブルゴーニュ公国、ブルゴーニュ領ネーデルラントに属した後、1678年にルイ14世が締結したナイメーヘンの和約によってフランス領となった。

1754年5月に侯爵領に格上げされるまでは領主領、そして男爵領であり、ペスムは10世紀に最初にギヨーム1世・ド・ペスムの先祖に建てられた城に起源をもつ。発祥が不明であるこのペスム家は、グランソン家に替わる1327年までペスムを支配した。グランソン家の最後の当主ジャン2世の代までの1世紀余りこの家系は続き、ジャン2世はヌーシャテル=ブルゴーニュ家のティエボー8世にペスムの土地を約束した。ティエボー8世はペスム領主を名乗ることを許された。彼の跡継ぎであるボンヌ・ド・ヌーシャテル=ブルゴーニュは、ラ・ボーム=モントルヴェル家の一員としてペスムの領地を手に入れた。

人口統計

1962年 1968年 1975年 1982年 1990年 1999年 2008年 2013年
854 924 934 985 1006 1057 1109 1104

参照元:1962年から1999年までは複数コミューンに住所登録をする者の重複分を除いたもの。それ以降は当該コミューンの人口統計によるもの。1999年までEHESS/Cassini[2]、2004年以降INSEE[3][4]。

ギャラリー

脚注

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