ペ・ドンスク
人物
1996年のアジア選手権48kg級で優勝を飾った[1]。1997年の世界選手権では準決勝で日本の田村亮子に合技で敗れたものの銅メダルを獲得した[1][2]。しかし大会後のドーピング検査で、尿から筋肉増強剤などの使用を隠す作用を有する禁止薬物のフロセミドが検出された。これに対して北朝鮮の柔道協会は、ペ・ドンスクが腎臓に問題を抱えていたためにその処方薬として飲んでいた薬の影響が出たのではないかと弁明した。しかし、事前に服用した薬をIJFに知らせていなかった。その後IJFは、同大会前の検査で筋肉増強剤のナンドロロンが検出された78kg級で2位のフランスのジャメル・ブーラともども、大会記録の抹消と2年間の出場停止処分を科すことに決めた[3][4]。
脚注
- listes des judokas
- 「大会記録 国際大会」『柔道大事典』 アテネ書房、ISBN 978-4871522052
- [ペ・ドンスク 「陽性」] 毎日新聞 1997年12月4日 21面
- [薬物使用の2選手 2年間の出場停止] 毎日新聞 1998年2月27日 25面
外部リンク
- ペ・ドンスク - JudoInside.com のプロフィール(英語)
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