ホブゴブリン (競走馬)
ホブゴブリン(Hobgoblin、1724年 - 1751年?)は、イギリスの競走馬・種牡馬。1729年から1732年にかけニューマーケットで走り、父としてもシェイクスピアなどを出した。『名馬風の王』にゴドルフィンの恋敵として登場する。
| ホブゴブリン | |
|---|---|
| 欧字表記 | Hobgoblin |
| 品種 | サラブレッド |
| 性別 | 牡 |
| 毛色 | 青毛 |
| 生誕 | 1724年 |
| 死没 | (1752年以後の記録なし) |
| 父 | アレッポ |
| 母 | ウォートンケアレスメア |
| 生国 | イギリス |
| 生産者 | S. Goodall |
| 馬主 |
エドワード・コーク →第2代ゴドルフィン伯 |
| 競走成績 | |
| 生涯成績 | 8戦7勝 |
現役時代はエドワード・コークのもとで走った。1729年の10月26日にニューマーケットで行われた300ギニーのマッチでMiss Pertを、1732年4月に500ギニーを賭けたマッチではイートンを負かすなど当時の強豪として知られていた。生涯成績は記録に残るものが8戦あり、その中の7戦で勝利している。コークのもとで種牡馬としても供用され、1733年にコークが死亡したためゴドルフィン伯フランシス・ゴドルフィンの手に渡った。代表的な産駒にエクリプスの実父説があるシェイクスピア、ほかファントム、トリマーらがいる。
小説ではゴドルフィンアラビアンと名牝ロクサナをめぐって格闘する。この結果ラスが生まれたとされるが、ラスが生まれる前年の1731年は競馬に使われておらず、ゴドルフィンアラビアンと同じ牧場にいたことが確かめられる。ただし小説とは違い、ゴドルフィン伯ではなくコークの下である。さらに格闘はしておらず、実際はホブゴブリンがロクサーナに種付けするのを嫌がったため代役としてゴドルフィンアラビアンに回ったのではないかとも考えられている(ただしこちらも定かではない)。
主な産駒
- シェイクスピア(エクリプスの実父説がある)
- トリマー(1750年前後に活躍)
- ファントム(1743年ヨークでのキングズプレートなど)
- ブラウンベティ(ミルザの母〈マッチェムを破った:父ゴドルフィンアラビアン〉)
- シェイクスピアメア(オセロの母の母)
- マブ(1748年ニューマーケットでのキングズプレート)
血統表
| ホブゴブリンの血統(ダーレーアラビアン系) | (血統表の出典) | |||
父 Aleppo 1711年 鹿毛 |
父の父 Darley Arabian1700年 鹿毛 |
不明 | 不明 | |
| 不明 | ||||
| 不明 | 不明 | |||
| 不明 | ||||
父の母 Old Hautboy Mare |
Hautboy | Darcys White Turk | ||
| Royal Mare | ||||
| Royal Mare (FNo.53) | 不明 | |||
| 不明 | ||||
母 Wharton's Careless Mare |
Old Careless 1692年 栗毛 |
Spanker | Darcy Yellow Turk | |
| Old Peg | ||||
| Barb Mare | 不明 | |||
| 不明 | ||||
母の母 Smithson Mare |
Old Smithson | Coles Barb | ||
| 不明 | ||||
| Wanton Willy Mare | Wanton Willy | |||
| 不明 | ||||
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