マインツ大聖堂
マインツ大聖堂(マインツだいせいどう、独: Mainzer Dom)は、ドイツのマインツにあるゴシック様式の大聖堂。正式名称はザンクト・マルティン大聖堂(Hohe Dom St. Martin、聖マルティンの意)。マインツ大聖堂は1000年前に建てられ、マーケット広場の南側にある[1]。
| マインツ大聖堂 | |
|---|---|
| Mainzer Dom | |
![]() マインツ大聖堂の東ファサード | |
| 所在地 | マインツ、ラインラント=プファルツ州 |
| 国 |
|
| 教派 | ローマ・カトリック |
| ウェブサイト | mainzer-dom.de |
| 歴史 | |
| 守護聖人 | トゥールのマルティヌス |
| 献堂日 | 1009年 |
| 建築物 | |
| 現況 | 大聖堂 |
| 様式 | ゴシック様式、ロマネスク建築 |
| 建築物概要 | |
| 鐘 | 9 |
| 管轄 | |
| 主教区 | マインツ教区 |
| 聖職者 | |
| 主教 (司教) | ペーター・コールグラフ |
| 関係平信徒 | |
| オルガニスト | ダニエル・ベックマン |
マインツ大聖堂はライン川に近く、好天の日には川の向こう側から大聖堂が見える。
歴史
ヴィリギス大司教は975年オットー朝の形式で新しい大聖堂の建築を命じた。彼はローマ・ドイツ王の戴冠式の権力を守るためにこの建物を建てたと言われる。戴冠権の存在が問題になったことは990年代頃に始まったため、完成までの期間が極めて短いことにこの理論は反するものである。一方、聖シュテファン教会の奉献は997年とされており、同じ都市に2つの大規模な教会建設現場が同時に建設される可能性は低いことから、建設が開始されたのは10世紀末になったと言われる。[2]
新しい大聖堂は教区教会として不必要だったため、主に信者に奉仕することを目的したものではなく、オットー朝帝国における帝国大宰相としての重要性を示すことが目的だった。マインツ大聖堂はローマの建物に認識でき、当時のサン・ピエトロ大聖堂に影響を受けている[3]。
ギャラリー
脚注
- “ドイツ三大聖堂のひとつがある美しい街マインツ”. tripnote.jp. 2023年8月14日閲覧。
- Dumont, Franz; Ferdinand Scherf; Friedrich Schütz (1998) (ドイツ語). Mainz Die Geschichte der Stadt (The history of the town). Verlag Philipp von Zabern. ISBN 3-8053-2000-0 page 138
- “マインツの旅~ドイツ三大大聖堂とシャガールのステンドグラスに会いに~”. tabizine.jp. 2023年8月14日閲覧。
外部リンク
- マインツ大聖堂公式サイト (ドイツ語)
参考文献
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