マリア・アンナ・フォン・バイエルン (1574-1616)
マリア・アンナ・フォン・バイエルン(Maria Anna von Bayern, 1574年12月8日 - 1616年3月8日)は、神聖ローマ皇帝フェルディナント2世の最初の妃。フェルディナントの帝位継承以前に亡くなったため、皇后とならなかった。
| マリア・アンナ・フォン・バイエルン Maria Anna von Bayern | |
|---|---|
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| 出生 |
1574年12月8日 バイエルン公国、ミュンヘン |
| 死去 |
1616年3月8日(41歳没) |
| 埋葬 |
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| 配偶者 | 神聖ローマ皇帝フェルディナント2世 |
| 子女 |
クリスティーネ カール ヨハン フェルディナント3世 マリア・アンナ ツェツィーリア・レナータ レオポルト |
| 家名 | ヴィッテルスバッハ家 |
| 父親 | バイエルン公ヴィルヘルム5世 |
| 母親 | レナータ・フォン・ロートリンゲン |
生涯
バイエルン公ヴィルヘルム5世とレナータ・フォン・ロートリンゲンの娘としてミュンヘンで生まれた。1600年4月、グラーツのグラツェル大聖堂でフェルディナントと結婚。7子をもうけた。
- クリスティーネ(1601年、夭折)
- カール(1603年、夭折)
- ヨハン(1605年 - 1619年)
- フェルディナント(1608年-1657年) - 神聖ローマ皇帝
- マリア・アンナ(1610年 - 1665年)
- ツェツィーリア・レナータ(1611年 - 1644年)
- レオポルト(1614年 - 1662年) - スペイン領ネーデルラント総督
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