マリゾン
開発経緯
1986年(昭和61年)1月に埋立地「シーサイドももち」の海浜部に、海上に人工地盤[注釈 1]を築造し、民間の商業施設等を建設する「ウォーターフロントプロムナード」の構想が持ち上がった。基本計画等を策定するために、福岡市と港湾建設業者とでプロジェクトチームが結成され、1987年(昭和62年)10月に準備会社として「博多海洋開発株式会社」が設立された。1988年(昭和63年)3月15日に福岡市及び地元の企業が参画して第三セクターとしての本格的な会社が設立された。この第三セクターが1990年のアジア太平洋博覧会(よかトピア)を機に、1989年(平成元年)3月17日より「マリゾン」の名称で供用を開始した。その後、同年7月の「博多港港湾計画」の改訂において、港湾計画に位置付けられ、同年12月1日の福岡市海浜公園(「シーサイドももち海浜公園」)の開園後、福岡市海浜公園条例[1]に基づく、施設設置の許可を受けた[2]。当初は「21世紀に伝えたい福岡の宝物No.1」に選ばれるなど、福岡市民にも人気であった。
第三セクター破綻後
2000年あたりから営業不振となり経営が悪化。2003年宅島建設(現大石建設)他4社で株式会社マリゾンを立ち上げ運営をスタート。2004年全面リニューアルがおこなわれ結婚式場もテナントとして新しくオープン。
現在の施設内容
オーシャン&リゾート マリゾン、アルファースタンス、THE BEACH、マンマミーア、Big Banana、ボート免許センター、渡船場。高速艇で海の中道海浜公園へと渡る安田産業汽船の「うみなかライン」の発着場がある。
ギャラリー
- マリゾンの写真
マリゾンの桟橋、東側
シーサイドももち海浜公園の中央プラザから望むマリゾン
マリゾンの南側
結婚式場、南東側
結婚式場、北東側
うみなかラインの発着所
うみなかラインの発着場から望む百道浜と愛宕浜
人工海浜からの眺望
脚注
注釈
- 直杭式桟橋
出典
- 福岡市 (1964年3月31日). “福岡市海浜公園条例”. 2022年12月22日閲覧。
- 福岡市港湾局編『博多港史:開港百周年記念』福岡市港湾局、2000年、254~255頁。JP番号:20221637
外部リンク
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