マルチン・ボシレフスキ
マルチン・ボシレフスキ[1](ポーランド語: Marcin Wasilewski、1975年 - )は、ポーランド出身のピアニスト。シンプル・アコースティック・トリオで活動、後に自己トリオ名義で活動している。
| マルチン・ボシレフスキ Marcin Wasilewski | |
|---|---|
![]() 2009年12月9日、クラクフ | |
| 基本情報 | |
| 生誕 | 1975年(48 - 49歳) |
| 出身地 |
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| ジャンル | ジャズ |
| 職業 | ピアニスト、作曲家 |
| 担当楽器 | ピアノ |
| レーベル | Gowi、Not Two、ECM |
| 共同作業者 | トーマス・スタンコ、マヌ・カチェ、シンプル・アコースティック・トリオ |

略歴
13歳の時に手に入れたキース・ジャレットのアルバムに感銘し、強い影響を受ける。ポーランド・コシャリンの音楽学校で同年のスワヴォミル・クルキエヴィッツ(ベース)とセッションするようになり、後にミハウ・ミスキエヴィッツ(ドラム)が加入し、「シンプル・アコースティック・トリオ」(SAT)を結成。1993年のジャズ・ジャンポリー・フィスティヴァルで高く評価され、1994年にトランペッターのトーマス・スタンコとのセッションに加わる。1994年にSATはクシシュトフ・コメダの作品集『コメダ』でアルバム・デビュー(後にこのアルバムに1曲を追加して『ララバイ・フォー・ローズマリー』のタイトルで再発している)。
2000年発表のアルバム『HABANERA』は、日本でもヒットする。2001年にスタンコのアルバム『ソウル・オブ・シングス』をECMレーベルで録音し、キャリアを重ねていく。そして、ECMの創設者でプロデューサーのマンフレート・アイヒャーとの知遇を得て、2004年にオスロのレインボー・スタジオで録音。翌年にアルバム『トリオ』を発表。同時期にドラマーのマヌ・カチェのアルバム『ネイバーフッド』(2005年)や『プレイグラウンド』(2007年)の録音にも参加している。2007年には新たにマルチン・ボシレフスキ・トリオ名義でアルバム『シネマ・パラディーゾ』を、2010年には『フェイスフル』を発表。このアルバムを発表する前までの間にスタンコのバンドを離れ、トリオで活動している[2]。2014年にはスウェーデンのサックス奏者、ヨアキム・ミルダーをゲストに迎えたアルバム『Spark of Life』を発表。
ディスコグラフィ
リーダー・アルバム
- 『シネマ・パラディーゾ』 - January (2008年、ECM)
- 『フェイスフル』 - Faithful (2010年、ECM)
- Spark of Life (2014年、ECM) ※with ヨアキム・ミルダー
- Live (2018年、ECM)
- Arctic Riff (2020年、ECM) ※with ジョー・ロヴァーノ
シンプル・アコースティック・トリオ
- 『コメダ』 - Komeda (1995年、Gowi)
- When Will the Blues Leave (1996年、Polonia)
- Live in Getxo (1996年、Hillargi)
- 『HABANERA』 - Habanera (2000年、Not Two)
- 『ララバイ・フォー・ローズマリー』 - Lullabay for Rosemary (2001年、Not Two)
- 『トリオ』 - Trio (2005年、ECM)
脚注
- 「マルチン・ヴァシレフスキ」の表記もある。
- アルバム『フェイスフル』国内盤(UCCE-7012)ライナーノーツ
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