マルトゥニ地区 (ナゴルノ・カラバフ自治州)

マルトゥニ地区(マルトゥニちく、ロシア語: Мартунинский район, アルメニア語: Մարտունու շրջան, アゼルバイジャン語: Мартуни рајону)はアゼルバイジャン・ソビエト社会主義共和国領ナゴルノ・カラバフ自治州に1930年から1991年まで存在した地区。

Мартунинский район
Մարտունու շրջան
Мартуни рајону
マルトゥニ地区
アゼルバイジャン・ソビエト社会主義共和国領内ナゴルノ・カラバフ自治州の地区
1930年 - 1991年 →
 
→
マルトゥニ地区の位置
マルトゥニ地区の位置
政庁所在地 マルトゥニ
歴史
 - 創立 1930年8月8日
 - 自治州の廃止とともに「ホジャヴェンド県」に改称 1991年11月26日
人口
 - 1979 22,742 
現在 法令上はアゼルバイジャンの旗 アゼルバイジャン領のホジャヴェンド県であるが、北半分は「マルトゥニ地区」としてアルツァフ共和国の旗 アルツァフ共和国の実効支配下。南半分はアゼルバイジャンの旗 アゼルバイジャン領。

沿革

1930年8月8日に設置[1]。1991年の「ナゴルノ・カラバフ共和国」成立に伴いアルメニア人勢力はここをその行政区画「マルトゥニ地区」としたが、一方のアゼルバイジャン最高会議 (ru) は同年11月26日の自治州解体に伴いマルトゥニ地区を「ホジャヴェンド県」と改称することを決定した (s:az)。2020年の第二次ナゴルノ・カラバフ戦争によりアゼルバイジャン軍が南半分を占領し、占領地はそのままアゼルバイジャン領に復帰した。

人口推移

地区の民族別人口は以下のように推移している[2]。

10,000
20,000
30,000
40,000
1939年
1959年
1970年
1979年
  •   総人口
  •   アルメニア人
  •   アゼルバイジャン人
  •   ロシア人

行政区分

1977年の時点で、地区にはマルトゥニ、クラスヌィー・バザールの2町と38の村、そしてそれらを管轄する2つの集落ソビエトと16の村ソビエトが存在した[3]。以下はその一部。

  • マルトゥニ集落ソビエト
    • マルトゥニ
    • アミランラル[4]
  • クラスヌィー・バザール集落ソビエト
    • クラスヌィー・バザール
    • スフトラシェン[5]
    • シェフェク[6]
  • アシャン村ソビエト
    • アシャン[7]
  • ガヴァハン村ソビエト
    • ガヴァハン[8]
  • ゲルゲル村ソビエト
    • ゲルゲル[9]
    • ザヴァドゥイフ[10]
  • ギュネイカレル村ソビエト
    • ギュネイカレル[11]
    • ギュゼイカレル[11]
    • ギュゼイチャルタル[11]
    • ギュネイチャルタル[12]
  • カラケンド村ソビエト
    • カラケンド[13]
    • エミシュジャン[14]
  • カガルツィ村ソビエト
  • ケンドフルド村ソビエト
    • ケンドフルド[16]
  • ケルト村ソビエト
  • コルホーザシェン村ソビエト
    • コルホーザシェン[17]
  • ミルシェン村ソビエト
  • ンンギ村ソビエト
  • ノルシェン村ソビエト
  • サルキサシェン村ソビエト
    • サルキサシェン[22]
    • ザルダハチュ[23]
    • タガヴァルド[5]
  • ソス村ソビエト
  • スピタクシェン村ソビエト
    • スピタクシェン[22]
  • ティシン村ソビエト
    • ギシ[9]
    • フヌシャナク[6]

脚注

参考文献

  • Мельников С. А., Ибрагимов Ч. Г. (1979). Азербайджанская ССР. Административно-территориальное деление на 1 января 1977 года (PDF) (4-е изд ed.). Б.: Азернешр. ред. А. М. Исаев, Б. А. Будагов, Г. А. Гейбуллаев.
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