ミシェル・ガラブリュ

ミシェル・ガラブリュ Michel Galabru (1922年10月27日 - 2016年1月4日[1])は、フランスの俳優。喜劇俳優ジャン・ガラブリュと女優エマニュエル・ガラブリュの父親にあたる。

ミシェル・ガラブリュ(1999年、テレビ局i-Teleの開局式にて)

1977年、第2回セザール賞に於いて、ベルトラン・タヴェルニエ監督の『fr:Le Juge et l'Assassin(裁判官と殺人者)』で主演男優賞を受賞した。

経歴

少年時代

国立土木学校の教授であったポール・ガラブリュ(1892年 - 1988年)[2]の息子として生まれ、父親が港の建設に関わったモロッコのサフィで7歳まで過ごし、その後少年時代の大半をエロー県ル・ブスケ・ドルブで過ごす[3]。彼には2人の兄弟がいた。一人は弟で、医者で作家のマルク・ガラブリュ(1929年 - 2014年)であり、もう一人は兄で詩を書き18歳で結核で死んだ[4]。

少年時代からモンペリエHSCの大ファンである彼はプロサッカー選手になることを夢見るが[5]、やがて俳優になることを志すようになる。彼は7つの異なる学校に通ったが、そのうち12回サシャ・ギトリの教えを受けた。のちにガラブリュは2001年、ギトリとの出会いを著書にまとめている。

モンペリエのサン=フランソワ・ピエール・ルージュ中学、パリ16区のイエズス会の私立サン=ルイ・ド・ゴンザグ高校に通った後、1年間父の仕事を手伝った。ナチス・ドイツによるフランス占領に伴う強制労働によって、オーストリアのクラーゲンフルト、次いでユーゴスラビアに送られ、そこでチトーのパルチザンに解放される[6]。

デビュー

フランス国立高等演劇学校に入学したガラブリュは、ドニ・ディネスのクラスでの3年間の教育ののち一等賞を獲得し、1950年9月1日よりコメディ・フランセーズの舞台を踏む。『ジョルジュ・ダンダン』でデビューした彼は、モリエールの他シェイクスピア、ピエール・ド・マリヴォー、ジョルジュ・フェイドー、ジョルジュ・クルトリーヌ、ジュール・ロマンなどの古典から現代までの戯曲を演じ、1957年まで在籍した。

また映画では、1951年にジャン・ドヴェヴル監督の『Ma femme, ma vache et moi (妻、雌牛と僕)』でデビューする。

1960年 - 1990年

フランスのコメディ映画の代表的な俳優として、ガラブリュは250もの映画やテレビドラマに出演した。幾つかの映画は成功したが、本人の告白によれば、その他の多くの映画は「食い扶持のための」ものだったという。『大混戦』でのインタビューでは、監督のジャン・ジローに対し、「私から(主演の)ルイ・ド・フュネスを取ったら、ただの大根役者でしかない」とまで言っている。とはいえその言葉は彼の謙虚さからくるものであり、その輝かしい業績はベルトラン・タヴェルニエ監督の『fr:Le Juge et l'Assassin(裁判官と殺人者)』によって第2回セザール賞での主演男優賞を獲得したことで知られる。

1961年にイヴ・ロベール監督の『fr:La Guerre des boutons (film, 1962)』でブルヴァール劇場(パリ旧城壁の周辺部に点在する多くの小劇場)の雰囲気を演じた彼は、1964年の『大混戦』より始まる『ルイ・ド・フュネスのサントロペシリーズ』で準主役の上司役を務め、多くの大衆に知られるようになった。演劇では『La Femme du boulanger(パン屋の妻)』や『町人貴族』を演じた。また1972年にはピエール・チェルニア監督の映画『fr:Le Viager(終身年金)』でガリポー医師役を務めた。1983年にルイ・ド・フュネスが死去すると、彼が演じる予定であったジャン=マリー・ポワレ監督の『fr:Papy fait de la résistance(パピーは蜂起する)』で主役パピーを代役で務めきった。

1980年からは『Mr.レディMr.マダム』シリーズでの保守政党員の父親シモン・シャリエ役で知られる。他にも『ザ・カンニング IQ=0』の警部役、『fr:Le bahut va craquer(学級崩壊)』の校長役、『fr:Uranus (film)』、『アステリックス対カエサル』の村長役、『fr:Le Petit Nicolas (film)(ニコラ坊や)』の文部大臣役、そして『fr:Bienvenue chez les Ch'tis』[7]の大叔父役で知られる。

1999年にはテレビ局i-Téléの開局式に出席した。同年、『アステリックス』シリーズの最初の映画に出演した。これはクロード・ジディ監督の最後の作品の一つとなった他、『パピー』で共演したクリスチャン・クラヴィエとの久しぶりの再会でもあった。

2000年以降

80歳を迎えた2003年にはフレデリック・オービュルタン監督の映画『fr:San-Antonio (film, 2004)』でジェラール・ドパルデュー、ジェラール・ランヴァンと共演し、また役作りのために禿げ頭に剃った[8]。またアニメ『La prophétie des grenouilles』、『Le manège enchanté』の声優を務めた。

2009年には『Neuilly sa mère !』、『fr:Le Petit Nicolas (film)(ニコラ坊や)』で脇役を務めた。2010年にはリュション映画祭でテレビドラマ『À deux c'est plus facile(二人ならもっと簡単)』のために出席した。さらに同年、カテル・キレベレ監督の『fr:Un poison violent(猛毒)』でカンヌ映画祭に出席した。2011年には長年のキャリアを讃えられてブリガデル賞を受賞し、またパリ市より赤色大メダルを贈られた[9]。

2012年にも多くの映画に出演し、2013年にはfr:Ordre national du Mérite (France)勲章を受章している[10]。

演劇のキャリア

1984年、パリ18区にある潰れかけたモーベル演劇学校を買収し、自らの劇場として改修した。これは最初モーベル・ガラブリュ劇場、次いでモンマルトル・ガラブリュ劇場、そして2004年からはミシェル・ガラブリュ劇場と改名している[11]。

彼はまた翌1985年に「十時劇場 Théâtre de Dix heures」も買収し、若者のためのデビューの機会を作っていたが、その計画は4年しか続かなかった。劇場自体は現在も存続している。

同じく1980年代中盤、ヴォクリューズ県マロセーヌで夏期演劇祭を開き、5万人の観客が訪れ、8年間存続した。またミシェル・ガラブリュ劇場をはじめ、様々な劇場で後進の指導に当たっている。

2008年、モリエール演劇賞を受章した。

演劇デビューから60年を数える2014年にも数多くの舞台に出演し、特に1980年代から好むマルセル・パニョルの戯曲を多く演じている。

死

2014年10月の弟マルクの死、また2015年8月の妻クロードの死により、晩年のガラブリュは深い心痛を負っていた。2015年10月27日には93歳の誕生日に一人舞台を演じて健在ぶりを見せたが、2016年1月4日に、家族の言葉によれば「眠りのうちに」死去した。[1]葬儀は1月12日にパリのサン・ロック教会で行われ、モンマルトル墓地の32番区に埋葬された。

主な出演映画

脚注

  1. "Michel Galabru est mort". Le Figaro. 2016.01.04閲覧。 {{cite web}}: |access-date=の日付が不正です。 (説明)
  2. Biographie sur Planète TP
  3. Galabru, les pieds dans l'eau, Consulté le 20 octobre 2012.
  4. "Michel Galabru, 75 ans, bouffon et tragédien, fromage et dessert, enchaîne les rôles en boulimique, au théâtre, au ciné. L'ogre de barbarie". 2010年10月13日閲覧。
  5. "Entretien avec Michel Galabru". montpellierinteractif.com. 2011年2月22日閲覧。
  6. Michel et Marc Galabru, émission C’est de famille sur Europe 1, 27 juillet 2011, 33 min 10 s
  7. 2008年の映画で、それまで『大進撃』(1966年ジェラール・ウーリー監督、ブールヴィル、ルイ・ド・フュネス主演)が持っていた興行収入最高記録をフランス映画で塗り替えた。
  8. http://www.cinemotions.com/interview/708
  9. Michel Galabru, « monument de talent et de générosité », honoré par Paris, Consulté le 20 octobre 2012.
  10. "Décret du 14 mai 2013 portant élévation aux dignités de grand'croix et de grand officier". Journal officiel de la République française (フランス語). 15 May 2013. 2015年4月22日閲覧。.
  11. "Théâtre Montmartre Galabru". evene.fr. 2012年3月10日閲覧。

外部リンク

This article is issued from Wikipedia. The text is licensed under Creative Commons - Attribution - Sharealike. Additional terms may apply for the media files.