メアリー・ノートン

メアリー・ノートン(Mary Norton、1903年12月10日 - 1992年8月29日[1])は、イギリスの児童文学作家。旧姓ピアソン。1952年にカーネギー賞を受賞した『床下の小人たち』とそれを含めた一連の続編である『小人の冒険シリーズ』が代表作として知られる。

メアリー・ノートン
誕生 (1903-12-10) 1903年12月10日
ロンドン
死没 1992年8月29日(1992-08-29)(88歳)
デヴォン州ビデフォード
職業 作家
国籍 イギリスの旗 イギリス
ジャンル 児童文学
代表作 『小人の冒険シリーズ(The Borrowers)』
『魔法のベッドノブ 魔女になれる簡単な10のレッスン(邦題:魔法のベッド南の島へ)』
『かがり火とほうき(邦題:魔法のベッド過去の島へ)』
主な受賞歴 カーネギー賞(1952年)
ウィキポータル 文学

経歴

「ヒマラヤスギ荘」、メアリー・ノートンが1921年までここに住み、「床の下の小人たち」の舞台と伝えられる家

ノートンは物理学者の娘として生まれ、ベッドフォードシャー州レイトン・バザードのハイ・ストリートの突き当たりにあるジョージアン様式の屋敷で育てられた。この家は現在はレートン・ミドル・ハイスクールの校舎の一部となっており、校内においては旧館と呼ばれるこの屋敷は、小人の冒険シリーズの舞台になったといわれている。ノートンは1927年にロバート・C・ノートンと結婚し、2男2女の4子をもうけた。2人目の夫はライオネル・ボンシーで、1970年に結婚した。家族が一時的にアメリカに引っ越す前の1940年には陸軍省に務めていた。

ノートンが小説を書き始めたのは、第二次世界大戦中、ニューヨークにある英国購買委員会に務めていたときである。 はじめて出版された作品は『魔法のベッドノブ 魔女になれる簡単な10のレッスン(邦題:魔法のベッド南の島へ)』、1943年)で、これは続編『かがり火とほうき(邦題:魔法のベッド過去の島へ)』とともにディズニー映画『ベッドかざりとほうき』の原作となった。

1992年、デヴォンにて脳卒中で亡くなった。

映像化作品

小人の冒険シリーズ

脚注

  1. "Mary Norton." St. James Guide to Children's Writers, 5th ed. St. James Press, 1999.

外部リンク

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