モト・モリーニ

モト・モリーニ(Moto Morini )は、イタリアのオートバイ製造会社(メーカー)。1937年にアルフォンソ・モリーニがボローニャで設立。

モト・モリーニ製コルサーロ1200、2005年発売

当初、モリーニはマリオ・マゼッティと共同で、MMというブランドでオートバイ製造を始めた。1987年にモト・モリーニはカジバに買収され、1996年には投資ファンドのテキサス・パシフィック・グループへ転売、1999年4月にはドゥカティの傘下に加わったが、ブランドの使用権はアルフォンソの甥であるフランコ・モリーニが1954年に設立したモリーニ・フランコ・モトリ社が買い戻し、現在に至る[1]。

歴史

創業

1898年1月22日に生まれたアルフォンソ・モリーニは、オートバイ修理業を経て、16歳の時に自分の店を持った。それはちょうど第一次世界大戦開戦直前の事で、戦時中彼はパドヴァに駐屯していた第8機動部隊(オートバイ部隊)の仕事を請け負った。

1925年、アルフォンソの腕を見込んだマリオ・マゼッティは、単気筒125ccエンジンの製造・設計・オートバイ製造担当そしてレーサーとして彼を迎え入れた。ふたりのMMブランド・オートバイは、アルフォンソのテクニックもあってレースで成功を収めた。1927年のモンツァでMM125は6つの世界記録を樹立し、これは後20年間破られなかった。また1933年には、175ccバイクで当時の最高速度162 km/hを樹立した[2]。

三輪自動車

1937年にマリオと袂を分かつこととなったアルフォンソは、モト・モリーニのブランドを立ち上げ、350 ccと500 ccのオート三輪の製造を始めた。これらの軽量で燃費の良いマシンは政府の統制に上手く合致し、さらに続くM610モデルはカルダン駆動方式同様高い機能性を誇った。しかし、第二次世界大戦が勃発すると、モト・モリーニの工場は航空機のコンポーネント製造を任され、オート三輪の製造は中断した。そして1943年、工場は爆撃を受け損傷した。

モーターサイクル

1946年、モト・モリーニは復活を果たした。ボローニャ・ベルティ通りの新工場は三段トランスミッション付き2ストローク単気筒エンジンを搭載したオートバイT125を世に送り出し、さらに1947年にはスポーツ・バージョンを発表した。1948年、モト・モリーニに乗るラファエル・アルベッティはイタリア選手権125ccクラス・チャンピオンに輝き、翌年ウンベルト・マゼッティが操る125cc4ストロークSOHCエンジン搭載のマシンは12bhp/10000rpm・最高速度140 km/hを誇り、連覇を成し遂げた。モト・モリーニは1949年からロードレース世界選手権125ccクラスにも出場しており、1952年にイタリアGPで初優勝、続くスペインGPでも連勝した[3]。

1953年に発表された175cc4ストロークOHVエンジン搭載オートバイは、『Gran Turismo』『Settebello』『Rebello』『Supersport』『Briscola』『Tresette』『Tresette Sprint』などのモデル名で発売された。1956年、モト・モリーニはベルガミ通りに移転し、工場の規模を拡大した。1958年にアルフォンソはDante Lambertini、Nerio BiavatiとともにDOHCエンジンのGP250マシンを製作、これは同年のイタリアGPで一周目からトップを守り優勝を遂げた。このマシンは37bhp/11000rpm・最高速度225km/hを誇った。

モト・モリーニを駆って栄光を掴んだライダーは多い。ジャコモ・アゴスチーニ(イタリアジュニアチャンピオンを経て1964年GP250参戦)、タルクィニオ・プロヴィーニ(1961-1962年イタリア選手権GP250連覇、1963年のロードレース世界選手権では激しく競い合ったホンダに敗れたがランキング2位)などが挙げられる。

1969年6月アルフォンソ・モリーニは71歳で亡くなった。娘のガブリエラ・モリーニが跡を継いだ。1970年には元フェラーリのフランコ・ランベルティーニ(前出のDante Lambertiniとは親類関係ではない)が加わりもした[4]。

Vツイン

1970年代初頭、モト・モリーニはフランコ・ランベルティーニ設計、フランコとGino Marchesiniが製作した72度Vツインモデルを発表した。『Strada』や『Sport』などのブランドで発売されたこのオートバイは、144kgの軽量ながら350cc(実質344cc)の排気量を誇り、25mmVBHデロルトキャブレターが採用された。1977年にはVツイン500cc(実勢479cc)6段変速のモデルを発売した。これらは全てヘロンヘッド、鍛鉄成形クランクシャフト、ボールメインベアリング、大型平軸受け、ピン駆動コンロッド、前後のシリンダーを50mmずらしたオフセットレイアウトなどを搭載した。これらには、キックスタートタイプとセルモータータイプがそれぞれ用意された。鋼鉄製のデュプレックスフレームにマルゾッキ社のフロントフォークとチェリアーニ社のリア・サスペンションをそれぞれ取り付けられた。ブレーキは当初こそドラム式だったが、後にグリメカ社製の260mm径ディスク・ブレーキに換装された[5]。

1981年11月、ミラン・ショーで500ccターボが発表された。84hp/8300rpmを発生するエンジンは量産されなかったが、耐久モデルとして『Camel 500』が、さらに1983年には『Kanguro 350』が発売された。1986年にはクルーズ仕様の『Excalibur』が350ccと500cc二つのタイプで発売された。ハーレーダビッドソンはモト・モリーニのV型エンジンに興味を持ち、小排気量モデルでの使用を検討したが、この計画はモト・モリーニの財政問題が浮かび上がったために頓挫した。

モジュール式設計がされていた350ccエンジンは、単気筒への改造も容易であった。1975年には125H、1978年には250Tがそれぞれ発売された。これらは、Vツインの後ろ側のシリンダーを単純に外したような外見をしていた。これら単気筒オートバイは商業的には成功しなかったが、1985年にはKJ125が販売された[6]。

1980年代に入るとモト・モリーニは販売台数減少と激しい労働争議に疲弊し、業績が悪化した。1987年2月18日、嫌気が差したガブリエラ・モリーニは工場をカジバに売却し、経営から退いた[7]。こうしてドゥカティやハスクバーナを買収しオートバイ界で急速に勢いを増していたカジバは、モト・モリーニをも傘下に収めた。

カジバ傘下でのモト・モリーニ

1988年、カジバ傘下でモト・モリーニは、V型72度二気筒エンジンを搭載した『DART350』を発売した。1989年には、ニューヨークで最後の耐久仕様『Coguaro』とクルージング仕様が350ccと500ccの排気量で発売された。ただしこれらは旧来のモデルを基礎とした拡張版で、新技術は特に盛り込まれていなかった。カジバは技術開発には消極的で、フランコ・ランベルティーニが設計した新しい60度エンジンにも興味を持たなかった。そのため、彼はモト・モリーニを去り、ピアジオ傘下のジレラに移籍してしまった。

この後のモト・モリーニは見る影も無かった。ベルガミ通りの工場は1993年に閉鎖され、『Excalibur』の生産はアゴスチーニ工場へ移された。1996年、モト・モリーニはドゥカティと一絡げにされてテキサス・パシフィック・グループに売却された。しかし、単なる投資ファンドだった彼らには、モト・モリーニを復活させようとする意志は微塵も無かった。

モリーニ・フランコ・モトーリ社

1999年、モリーニ・フランコ・モトーリ社がモト・モリーニを買い取った。同社は、アルフォンソ・モリーニの甥に当たるフランコ・モリーニが1954年に設立した企業で、伝統あるブランド復興に動いた。2003年、モリーニ一族とBerti の合弁で、モト・モリーニ社(Moto Morini SpA)が再興された。

コルサーロ1200、9 1/2、とコルサーロVeloce

2004年、モト・モリーニ復活のネイキッド・モデルである『コルサーロ1200』が発表され、翌年に発売された[8]。さらに続けて『9 1/2』(ノヴェ・エ・メッツォ)が登場した。初期モデルにこそ燃料噴射機構のコンピュータ制御にトラブルがあったが、フランコ・ランランベルティーニ設計による「コルサ・コルタ」エンジン87°V型2気筒1187ccは140bhp/8500rpmを発生し、『コルサーロ』搭載モデルでは123bhp/6500rpm、『9 1/2』搭載モデルでは105bhp/8000rpmにそれぞれ調整されている。

2006年10月10日には新車『コルサーロ・ヴェロッセ1200』を発表した[9]。

脚注

  1. “Passage to Cagiva Group” (英語). MotoMorini. 2008年1月11日閲覧。
  2. “Alfonso Morini: manufacturer, racer, industrialist” (英語). MotoMorini. 2008年1月11日閲覧。
  3. “From Tricars to Competition” (英語). MotoMorini. 2008年1月11日閲覧。
  4. “The Fastest Single in the World” (英語). MotoMorini. 2008年1月11日閲覧。
  5. 『Italian Motorcycles』誌第4巻p56 「The Bologna Alternative」Finn McCoul著 Federal Publishing出版 1997年
  6. “Franco Lambertini's Jewels” (英語). MotoMorini. 2008年1月11日閲覧。
  7. “NEW Moto Morini” (英語). MerlinBooks. 2005年11月3日時点のオリジナルよりアーカイブ。2008年1月11日閲覧。
  8. “MotoMorini Corsaro” (英語). MotoMorini. 2008年1月11日閲覧。
  9. “Moto Morini Press Release” (英語). InsideBikes. 2006年10月18日時点のオリジナルよりアーカイブ。2008年1月11日閲覧。

出典

  • Finn McCoul著『Italian Motorcycles』Number 4.(magazine), p56 Article, The Bologna Alternative、 Federal Publishing刊、1997年

外部リンク

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