モンテフェルトロ家
モンテフェルトロ家(イタリア語:Da Montefeltro)は、13世紀から16世紀初頭にかけてイタリアのウルビーノの君主となった一族である。1154年にモンテフェルトラーノ1世がモンテフェルトロ伯となり、次のボンコンテ1世以降ウルビーノ伯を兼ねた。さらに1443年にオッダントーニオ2世がウルビーノ公とされ、1508年に同家が断絶するまで公位を継承した。1508年にグイドバルドが男子継承者なく死去した後は、グイドバルドの妹ジョヴァンナとセニガッリア領主ジョヴァンニ・デッラ・ローヴェレの子で教皇ユリウス2世の甥にあたるフランチェスコ・マリーア1世・デッラ・ローヴェレがウルビーノ公位を獲得、以後、デッラ・ローヴェレ家が公位を継承した。

モンテフェルトロ家の紋章
系図
| アントーニオ モンテコピオーロ領主 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| モンテフェルトラーノ1世 モンテフェルトロ伯 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| ボンコンテ1世 ウルビーノ伯 | タッデオ | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| モンテフェルトラーノ2世 ウルビーノ伯 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| グイード ウルビーノ伯 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| フェデリーコ1世 ウルビーノ伯 | ボンコンテ | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| グイード2世 ウルビーノ伯 | ノルフォ ウルビーノ伯 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| フェデリーコ2世 ウルビーノ伯 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| アントーニオ2世 ウルビーノ伯 | ノルフォ | グイード | ガレアッツォ | アンナ | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| レンガルダ (リミニ領主ガレアッツォ・マラテスタ娘) | グイダントーニオ ウルビーノ伯 | カテリーナ (ロレンツォ・コロンナ娘) | アンナ | バッティスタ (-1447) =ペーザロ領主ガレアッツォ・マラテスタ | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| (庶子) フェデリーコ ウルビーノ公 | (庶子) アウラ =ベルナルディーノ・ウバルディーニ・デッラ・カルダ | オッダントーニオ2世 ウルビーノ公 | ブランカ =ファエンツァ領主グイダントニオ・マンフレディ | ヴィオランテ =チェゼーナ領主ドメニコ・マラテスタ | アグネシーナ =カスティリオーネ領主アレッサンドロ・ゴンザーガ | スヴェヴァ =ペーザロ伯アレッサンドロ・スフォルツァ | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| グイドバルド ウルビーノ公 | エリザベッタ・ゴンザーガ | ジョヴァンナ | ジョヴァンニ・デッラ・ローヴェレ セニガッリア領主 | コスタンツァ | アントネッロ・ディ・サンセヴェリーノ サレルノ侯 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| フランチェスコ・マリーア1世・デッラ・ローヴェレ ウルビーノ公 | フェリーチェ・デッラ・ローヴェレ (ユリウス2世庶子) | アントネッロ・ディ・サンセヴェリーノ サレルノ侯 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| デッラ・ローヴェレ家 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
参考文献
- Dennistoun, James, Memoirs of the Dukes of Urbino, illustrating the arms, arts & literature of Italy, 1440-1630, Vol.1, London Lane, 1909.
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