ユゼフ・ミハウ・ポニャトフスキ
ユゼフ・ミハウ・ポニャトフスキ(ポーランド語:Józef Michał Poniatowski, 1814年7月24日 - 1874年7月4日)は、ポーランド貴族出身のフランスの作曲家、歌手。フランス名はジョゼフ・ミシェル・ポニャトフスキ(Joseph Michel Poniatowski)。
| ユゼフ・ミハウ・ポニャトフスキ Józef Michał Poniatowski | |
|---|---|
| ポニャトフスキ家 | |
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| 出生 |
1814年7月24日 ローマ |
| 死去 |
1874年7月4日(59歳没) ロンドン |
| 配偶者 | マティルダ・ペロッティ |
| 子女 | スタニスラス・オーギュスト |
| 父親 | スタニスワフ・ポニャトフスキ |
| 母親 | カッサンドラ・ルーチ |

ユゼフ・ミハウ・ポニャトフスキの紋章
生涯
最後のポーランド国王の甥であるスタニスワフ・ポニャトフスキ公爵の庶子として生まれ、ジュゼッペ・ミケーレ・ルーチ(Giuseppe Michele Saverio Francesco Giovanni Luci)の名で生粋のトスカーナ人として育った。1847年、兄のカルロと共に父親の嫡出子とされ、トスカーナ大公レオポルド2世よりモンテ・ロトンド伯爵(1850年より公爵)に叙せられた。
ポニャトフスキはフィレンツェのチェッチェリーニという音楽家の門下で学び、イタリアやフランスの劇場でオペラを執筆・作曲していた。その後、大公レオポルド2世の特命全権大使としてパリに派遣され、1854年にはナポレオン3世からフランス帝国元老院議員の地位とフランス国籍を与えられた。妻マティルダ・ペロッティ(1814年 - 1875年)との間にもうけた一人息子スタニスラス(Stanislaus August Friedrich Józef Telemach, 1835年 - 1908年)は、シャルル・ド・モルニー公爵の庶子ルイーズ・ル・オンと結婚した。
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