ユーラシア主義

ユーラシア主義(Eurasianismus)または欧亜主義(おうあしゅぎ)[1][2]は、ロシア革命とそれにより成立したボリシェビキ政権(ソビエト連邦)に対する反応の一つとして、1920年代白系ロシア人(非ソビエト系亡命ロシア人)の間で流行した民族主義的思想潮流。ヨーロッパロシアからシベリア極東までユーラシア大陸北部に広大な国土を持つロシアは、アジアヨーロッパのどちらか一方でなく、地政学的概念である「ユーラシア」(欧亜)に属することを主張する。

ユーラシア大陸

「非欧州」と「ロシア正教会」を主軸としたロシア文明の再構築を構想しつつ、ロシア革命とソ連の成立を、そこに至る必要な一過程として、肯定的に捉える。代表的人物として、ニコライ・トルベツコイ等がいる。

ソビエト連邦の崩壊後の1990年代には、レフ・グミリョフ(Lev Gumilev[3])らの影響のもとに、これを継承するネオ・ユーラシア主義(Neo-Eurasianism[4])が誕生し、ロシアは西欧よりもアジアに近いユーラシア国家だという主張を展開した。これに対しては、ロシアはテュルクモンゴルよりもビザンチン帝国に近いという「ビザンチン主義」も主張されている。

中央アジアを含むイスラーム圏や国際関係論の研究者である山内昌之は、旧ロシア帝国領や旧ソ連圏への影響力回復を模索し、2022年ロシアによるウクライナ侵攻を行なったロシア連邦大統領ウラジーミル・プーチンの政治思想を「ユーラシア主義」と評している[5]

関連項目

脚注

  1. ロシア問題研究所『ソヴェト・ロシア辞典』1928年
  2. 『世界現狀大觀 VII』新潮出版社1931年
  3. Post-Soviet Neo-Eurasianism, the Putin System, and the Contemporary European Extreme Right”. foreignpolicyblogs.com (2018年9月28日). 2019年5月8日閲覧。
  4. Eurasianism is the New Fascism”. stanfordpolitics.org. 2019年5月11日閲覧。
  5. 【地球を読む】ロシア歴史の教訓「ユーラシア国家」の挫折『読売新聞』朝刊2022年5月15日1面
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