ラウレアーノ・ルイス

ラウレアーノ・ルイス・ケベド(Laureano Ruiz Quevedo、1937年10月21日 - )は、スペイン・カンタブリア州ビジャフフレ出身の元サッカー選手、元サッカー指導者。現役時代のポジションはDF。

ラウレアーノ・ルイス
名前
本名 ラウレアーノ・ルイス・ケベド
Laureano Ruiz Quevedo
ラテン文字 Laureano Ruiz
基本情報
国籍 スペインの旗 スペイン
生年月日 (1937-10-21) 1937年10月21日(86歳)
出身地 ビジャフフレ
選手情報
ポジション DF
クラブ1
年 クラブ 出場 (得点)
1956-1962 スペインの旗 ラシン・サンタンデール 22 (1)
1959-1960 →スペインの旗 レアル・ハエン (loan) 0 (0)
1962-1966 スペインの旗 ジムナスティカ
監督歴
1967-1968 スペインの旗 ラシン・サンタンデール
1969-1971 スペインの旗 ジムナスティカ
1971-1972 スペインの旗 ラングレオ
1976 スペインの旗 バルセロナ
1976-1978 スペインの旗 バルセロナB
1978-1979 スペインの旗 セルタ
1979-1980 スペインの旗 ラシン・サンタンデール
1. 国内リーグ戦に限る。
■テンプレート(■ノート ■解説)■サッカー選手pj

経歴

選手時代はラシン・サンタンデールやジムナスティカ・デ・トレラベガといったクラブでプレーしたが、選手として大成することは出来ずに28歳で引退し、指導者になることを決めた[1]。監督として初めて指揮を執ったクラブは古巣のラシン・サンタンデールであり、1972年からはFCバルセロナのカンテラであるラ・マシアで指導にあたった。

1975-76シーズン、バルセロナのトップチームではヘネス・バイスバイラーが監督としてシーズンを戦っていたが、第28節終了後に成績不振で解任された。そこで後任としてラ・マシアからラウレアーノ・ルイスが選出され、第29節から最終節までを暫定監督として指揮し、2位でシーズン終了を迎えた。その後はバルセロナのBチームやセルタ・デ・ビーゴ、ラシン・サンタンデールを率いてプロの指導者からは身を退いた。

監督業から引退後はカタルーニャ州のスポーツ局でスポーツの発展に寄与し、1987年からは地元カンタブリア州で育成組織の整備に奔走した[2]。

脚注

  1. “El cántabro que cambió la historia del fútbol” (スペイン語). El Diario cantabria (2021年6月27日). 2023年10月15日閲覧。
  2. “El alcalde reconoce la labor de Laureano Ruiz al frente de la Escuela Municipal de Fútbol” (スペイン語). Europa Press (2011年6月18日). 2023年10月15日閲覧。

外部リンク

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