ラスト・ハインツ

ラスト・ハインツ(Rust Heinz、1914年10月18日 - 1939年7月24日)は、アメリカ合衆国の自動車・船舶のデザイナーである。1938年に、先進的なデザインの試作車「ファントム・コルセア」をデザインしたことで知られている。

ラスト・ハインツ
Rust Heinz
生誕 Henry Heinz
(1914-10-18) 1914年10月18日
アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国 ペンシルベニア州ピッツバーグ
死没 1939年7月24日(1939-07-24)(24歳)
アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国 ペンシルベニア州バーセイルズ付近のリンカーン・ハイウェイ
死因 自動車事故
墓地 ピッツバーグ ホームウッド墓地
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
職業 自動車・船舶デザイナー
代表作 ファントム・コルセア
親戚

生涯

ハインツは1914年10月18日にペンシルベニア州ピッツバーグで生まれた[1]。食品メーカー「ハインツ」を創業したヘンリー・J・ハインツの孫にあたり、父は2代目社長のハワード・ハインツ、兄は3代目社長のジャック・ハインツである。1937年にヘレン・クレイ・グッドローと結婚し、娘ヘレン・メレディス・デューイット・ハインツをもうけた。

イェール大学[2]とウェストローン・アカデミー・オブ・ヨットデザイン[3]で造船学を学び、在学中に多くのスピードボートをデザインした[4]。

1936年に学校を中退し、カリフォルニア州パサデナに住む叔母のもとに身を寄せた。そこでデザインスタジオを設立し、自動車デザイナーとなった。最初の仕事は、1936年、21歳のときに設計した、実家のハインツ社の配送車「コメット」だった。コメットは、オートカー社のシャーシを使ってスクエア・ディール・ボディ社が製作し、プロモーションのため使用された[5]。1938年には、叔母からの資金援助を受けてファントム・コルセアをデザインした[6]。コーチビルダーのボーマン&シュワルツ社が、コード810のシャーシを使ってコルセアの試作車を製造した。ライカミングの190馬力のV-8エンジンを搭載し、車両重量は2トンで6人乗りだった。

死去

1939年7月24日、ハインツは自動車事故により死亡した。

自身が保有するビュイックのオープンカーで友人たちと共にダンスに行った帰り、友人のフィル・ブレイナードが車を運転していたが、その途中でブレイナードの帽子が風に飛ばされてしまった。それを回収するために戻った後、リンカーン・ハイウェイでペンシルベニア州バーセイルズ付近を通過中に、他の車が横から衝突した。この事故で6人が負傷し、ハインツは翌朝、頭部の負傷が元で死亡した[4]。

遺体はペンシルバニア州ピッツバーグのホームウッド墓地に埋葬された[7]。

ハインツの死去により、ファントム・コルセアのプロジェクトは中止され、この車両は試作の1台しか製造されなかった。

脚注

  1. “Selected Artist Biography”. Museum of Automobile Art & Design. 2022年2月13日閲覧。
  2. “The Deco Dream – Rust Heinz's Phantom Corsair” (2011年11月10日). 2022年2月13日閲覧。
  3. “"Wombat" or Not, the 1938 Phantom Corsair is Spectacular” (2016年3月21日). 2022年2月13日閲覧。
  4. “The incredible story of the futuristic Phantom Corsair” (2013年6月21日). 2022年2月13日閲覧。
  5. “A Dream Car Makes an Appearance” (2009年3月5日). 2022年2月13日閲覧。
  6. “The Phantom Corsair - Kustomrama” (英語). www.kustomrama.com. 2022年2月13日閲覧。
  7. “The Homewood Cemetery Pittsburgh, Allegheny County, Pennsylvania”. Interment.net. 2022年2月13日閲覧。
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