ラッサナ・ディアッラ

ラサナ・"ラス"・ディアラ・モスタファ(Lassana "Lass" Diarra Mostafa, 1985年3月10日 - )は、フランス出身の元サッカー選手。ポジションはミッドフィールダー、ディフェンダー。マリにルーツを持つ。レアル・マドリード時代の登録名は「ラス(Lass)」。

ラサナ・ディアッラ
名前
本名 ラサナ・ディアッラ・モスタファ
Lassana Diarra Mostafa
愛称 ミニマカ(小さなマケレレ )
ラス(lass)
ラテン文字 Lassana Diarra
基本情報
国籍 フランスの旗 フランス
マリ共和国の旗 マリ
生年月日 (1985-03-10) 1985年3月10日(39歳)
出身地 パリ
身長 173cm
体重 73kg
選手情報
ポジション MF / DF
利き足 右足
ユース
フランスの旗 パリ
フランスの旗 ナント
フランスの旗 ル・マン
フランスの旗 レッドスター
2003-2004 フランスの旗 ル・アーヴル
クラブ1
年 クラブ 出場 (得点)
2004-2005 フランスの旗 ル・アーヴル 29 (0)
2005-2007 イングランドの旗 チェルシー 13 (0)
2007-2008 イングランドの旗 アーセナル 7 (0)
2008-2009 イングランドの旗 ポーツマス 24 (1)
2009-2012 スペインの旗 レアル・マドリード 87 (1)
2012-2013 ロシアの旗 アンジ・マハチカラ 18 (0)
2013-2014 ロシアの旗 ロコモティフ・モスクワ 17 (1)
2015-2017 フランスの旗 マルセイユ 39 (1)
2017-2018 アラブ首長国連邦の旗 アル・ジャジーラ 5 (0)
2018-2019 フランスの旗 パリ・サンジェルマン 13 (0)
通算 250 (4)
代表歴2
2005-2006 フランスの旗 フランス U-21 18 (0)
2007-2019 フランスの旗 フランス 34 (0)
1. 国内リーグ戦に限る。2017年月8日現在。
2. 2016年5月30日現在。
■テンプレート(■ノート ■解説)■サッカー選手pj

経歴

ル・アーヴルACでプロデビュー。その後チェルシーがクロード・マケレレの後継者として獲得したことで注目を浴びる。2006-07シーズンに入ってからエイドゥル・グジョンセンやマニシェの退団もあり出場機会が増えた。また、チームメイトのパウロ・フェレイラの不調により右サイドバックに入ることもあった。

2007年8月、同じイングランドのロンドンにある、アーセナルFCへと移籍した[1]。しかしレギュラーポジションを掴むことができず、わずか4ヶ月あまりでポーツマスへと移籍[2]。ポーツマス入団当初はニコ・クラニチャールと、どちらがFKを蹴るか何度か試合中にもめたこともあった。

2009年1月、スペインのレアル・マドリードに移籍した[3]。レアル・マドリードでは既にマアマドゥ・ディアッラがいる為、登録名はLASS(ラス)となり、自身もラスと呼んで欲しいと入団会見で述べた。背番号は入団当初は怪我で離脱していたディアラがつけていた6番であったが、2009年夏の移籍市場で多くの選手が入れ替わり、またディアラが復帰したこともあり、2009-10シーズンからラスは昨シーズンまでヴェスレイ・スナイデルがつけていた10番をつけることになった。2009-10シーズン前半はチームの中心メンバーとして活躍していたが、シーズン後半は負傷やフェルナンド・ガゴの復調などで出場機会を失い、厳しい状況になった。

翌シーズン、メンバーが多く入れ替わったチームの完成度を高めるために、新監督ジョゼ・モウリーニョは序盤戦スターティングメンバーを固定し[4]、出場機会に恵まれなかったラスは移籍の可能性を示唆した[5]。モウリーニョもシーズン終了後のプレシーズンツアーにラスを帯同させず[6]、2010-11シーズンにラスがつけていた背番号10番をプレシーズンマッチでメスト・エジルが着用していたことなどからその動向が注目を集めていたが、最終的に残留することとなった。

2012年8月31日、FCアンジ・マハチカラに移籍が合意[7]。しかし、2013年8月にアンジが経営規模の縮小を打ち出し、放出候補になった。同年8月、ロコモティフ・モスクワに移籍決定[8]。ロコモティフ・モスクワ側が同意なしに一方的に給与を引き下げたことを理由にクラブを退団したが、クラブから退団が不当であると訴えられ、スポーツ仲裁裁判所はロコモティフ・モスクワ側の主張を支持し、1000万ユーロの罰金処分を受けた[9]。

2015年8月、約1年の無所属期間を経て、母国の強豪オリンピック・マルセイユに加入した[10]。2017年2月14日、双方合意の下で契約を解消し退団した[11]。

2017年7月17日、UAEリーグのアル・ジャジーラ・クラブに加入した[12]。12月24日、クラブを双方合意の下で退団した[13]。

2018年1月23日、パリ・サンジェルマンFCと2019年6月30日までの契約を結んだ[14]。2019年2月19日、契約が解除され退団した[15]。

2019年2月21日、自身のインスタグラムにて現役を引退することを発表した[16]。

代表歴

U-21フランス代表で活躍し、レイモン・ドメネクによってフル代表初招集を受けた。2007年3月24日、ユーロ予選の対リトアニア戦でマケレレとともに先発出場を果たした。その後もEURO2008前の親善試合で、負傷していたヴィエラの抜けた穴にラスが入り、マケレレと組みディフェンシブハーフを試されたが、結局本大会ではレギュラーは掴めなかった。

2010 FIFAワールドカップの代表候補にも選ばれていたが[17]、腸の疾患のため出場を断念することが発表された[18]。

2016年5月、UEFA EURO 2016の代表メンバーに選出された[19]。しかし、左膝の負傷により代表メンバーから離脱することが発表された[20]。

タイトル

クラブ
チェルシーFC
ポーツマスFC
レアル・マドリード
パリ・サンジェルマンFC

脚注

  1. “Arsenal sign Diarra” (英語). Sky Sports (2007年9月1日). 2023年10月8日閲覧。
  2. “サッカー=アーセナルのディアラ、出場機会求めポーツマスへ移籍”. Reuters (2008年1月18日). 2023年10月8日閲覧。
  3. AFP BB News (2008年12月23日). “レアル・マドリード 仏代表ディアッラの入団発表”. 2009年7月14日閲覧。
  4. モウリーニョ、ローテーションは使用せず. searchina、2010年9月22日
  5. R・マドリーのラス、出場機会を求めて移籍か?. footballweekly、2010年12月16日
  6. 下部組織の選手を含む25人のメンバーがアメリカ遠征に。. realmadrid.com、2011年7月11日
  7. “マドリーMFがエトーのアンジ移籍へ”. Goal.com (2012年9月1日). 2012年9月1日閲覧。
  8. “主力大量放出のアンジ、元仏代表L・ディアッラがロコモティフ移籍”. サッカーキング (2012年8月21日). 2013年8月23日閲覧。
  9. “前所属先と契約問題のL・ディアッラ、CASから1000万ユーロの罰金処分”. 超ワールドサッカー (2016年5月28日). 2023年10月8日閲覧。
  10. “元レアルのディアッラ、マルセイユと契約”. www.afpbb.com (2015年7月25日). 2023年10月8日閲覧。
  11. “マルセイユ、背番号10のフランス代表MFディアッラと双方合意の下で契約解消”. 超ワールドサッカー! (2017年2月15日). 2023年10月8日閲覧。
  12. “2月にマルセイユを退団したラッサナ・ディアッラがUAEのアル・ジャジーラに加入”. 超ワールドサッカー (2017年7月18日). 2023年10月8日閲覧。
  13. “UAE王者アル・ジャジーラ、元フランス代表MFラッサナ・ディアッラの退団を発表”. 超ワールドサッカー (2017年12月25日). 2023年10月8日閲覧。
  14. Lassana Diarra au Paris Saint-Germain PSG.fr 2018年1月24日
  15. “PSG、ラッサナ・ディアッラとの契約を解除”. 超ワールドサッカー! (2019年2月20日). 2023年10月8日閲覧。
  16. “元フランス代表MFラサナ・ディアラが33歳で現役引退”. 超ワールドサッカー (2019年2月23日). 2023年10月8日閲覧。
  17. “ドメネク監督 フランス代表候補を発表、ビエラとベンゼマが落選”. www.afpbb.com (2010年5月12日). 2023年10月8日閲覧。
  18. “ラサナ・ディアッラ 病気のためW杯出場を断念”. www.afpbb.com (2010年5月23日). 2023年10月8日閲覧。
  19. “グリーズマンやポグバ、カンテらがメンバー入り! 開催国フランス代表が登録メンバー発表《ユーロ2016》”. 超ワールドサッカー (2016年5月13日). 2023年10月8日閲覧。
  20. “フランス代表、左ヒザ負傷のディアッラに代わりシュナイデルランを招集!《ユーロ2016》”. 超ワールドサッカー! (2016年6月1日). 2023年10月8日閲覧。

外部リンク

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