ラフィ・アリ
ラフィ・アリ(Rafi Ali、1972年12月11日 - )は、シンガポールの元サッカー選手、サッカー指導者。元シンガポール代表。ポジションはMFでスイーパーやプレイメーカーとしても活躍した[1]。
| ||||||
|---|---|---|---|---|---|---|
| 名前 | ||||||
| 本名 | モハメド・ラフィ・ビン・アリ | |||||
| ラテン文字 | Rafi Ali | |||||
| 基本情報 | ||||||
| 国籍 |
| |||||
| 生年月日 | 1972年12月11日(51歳) | |||||
| 出身地 | シンガポール | |||||
| 身長 | 179cm | |||||
| 体重 | 72kg | |||||
| 選手情報 | ||||||
| ポジション | MF(CMF) | |||||
| ユース | ||||||
| 1989-1992 |
| |||||
| クラブ1 | ||||||
| 年 | クラブ | 出場 | (得点) | |||
| 1992-1993 |
| |||||
| 1994 |
| 24 | (9) | |||
| 1995 |
| |||||
| 1996-1997 |
| 14 | (6) | |||
| 1998 |
| 12 | (3) | |||
| 1999-2002 |
| 62 | (10) | |||
| 2003-2008 |
| 94 | (23) | |||
| 代表歴2 | ||||||
| 1994-2003 |
| 56 | (12) | |||
| 監督歴 | ||||||
| 2014 |
| |||||
|
| ||||||
|
1. 国内リーグ戦に限る。2008年9月5日現在。 2. 2008年9月5日現在。 ■テンプレート(■ノート ■解説)■サッカー選手pj | ||||||
クラブ歴
父親が村のチームでサッカーをしていたのを見て、祖父の後押しもありサッカーを始めたと云う[2]。その後、シンガポール代表対マレーシア代表の親善試合でファンディ・アマドらを見て、プロそして代表を志すようになった。
経歴としてはゲイラン・ユナイテッドFCのユース出身。ユース時代の1990年にはナズリ・ナシル、サニザル・ジャミルと共に、チェコスロバキアのFCニトラに二ヶ月のトレーニングを受けに行った[3][4]。1992年にプロに昇格した。1994年にはシンガポールFAに移籍した。同チーム加入時には兵役の関係で出場が危ぶまれたが、加入後一戦目からスターティングイレブンにファンディ・アマドらの推挙もあり選ばれた[5]。1995年には古巣のゲイラン・ユナイテッドFCに復帰した。その後、シンガポール・アームド・フォーシズFCとゲイラン・ユナイテッドFCを行き来し、2003年にタンピネス・ローバースFCに加入。同チームに2008年まで在籍し、現役を引退した。
代表歴
代表初招集は1992年であったが[2]、代表デビューは1994年となった。1998年には1998 タイガーカップの同国代表として出場し、同大会で初優勝を果たした。
監督歴
2014年4月27日に、当時タンピネス・ローバースFCの監督であったサリム・モインの辞任を受けて監督に抜擢された[6]。同チームの監督としてはシンガポール・チャリティーシールドを制した。
また、工芸教育学院男子サッカー部の監督も務めている他、ラフィ・アリ・サッカースクールで子供にサッカーの教育をしている。
タイトル
参考文献
- S Gulam (2000年11月13日). “Vincent, move him up”. Today
- Ahmad Khan (2014年2月2日). “Catching Up With: Rafi Ali”. Goal.com. 2015年11月24日閲覧。
- Joe Dorai (1990年7月24日). “FAS select three teenagers for stint with Czech club”. The Straits Times
- Peter Khoo (1990年11月9日). “Czech club Nitra will play hosts to talented teen trio”. The Straits Times
- Weixiang Lim (2015年7月24日). “Dream Team 1994: The one who almost didn't make it – Rafi Ali”. fourfourtwo. 2015年11月25日閲覧。
- Dan, Guen Chin (2014年4月28日). “Rafi Ali to lead Tampines Rovers”. Today