ラモン・サンティアゴ

ラモン・デヘスス・サンティアゴ・ドミンゲス(Ramón DeJesus Santiago Dominguez, 1979年8月31日 - )はドミニカ共和国サン・フアン州ラス・マタス・デ・ファルファン出身の元プロ野球選手(内野手)、野球指導者。右投両打。現在は、MLBのデトロイト・タイガースの三塁コーチを務める。

ラモン・サンティアゴ
Ramón Santiago
デトロイト・タイガース コーチ #39
デトロイト・タイガースでの現役時代
(2013年6月9日)
基本情報
国籍 ドミニカ共和国の旗 ドミニカ共和国
出身地 サン・フアン州ラス・マタス・デ・ファルファン
生年月日 (1979-08-31) 1979年8月31日(44歳)
身長
体重
5' 11" =約180.3 cm
175 lb =約79.4 kg
選手情報
投球・打席 右投両打
ポジション 遊撃手、二塁手、三塁手
プロ入り 1998年 アマチュアFA
初出場 2002年5月17日
最終出場 2014年9月27日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)
選手歴
コーチ歴
  • デトロイト・タイガース (2018 - )

経歴

プロ入りとタイガース時代

1998年7月29日にデトロイト・タイガースと契約を結んでプロ入りした。

1999年は、マイナーリーグのみでプレー。ルーキー級ガルフ・コースト・タイガースとA-級オネオンタ・タイガースでプレーし、2球団合計で47試合に出場して打率.326・1本塁打・19打点・25盗塁という成績を残した。

2000年も前年に引き続き、マイナーリーグのみでのプレーとなった。この年は、A級ウェストミシガン・ホワイトキャップスで98試合に出場。打率.272・1本塁打・42打点という成績に加え、39盗塁を記録して俊足をアピールした。

2001年もメジャーデビューを果たす事は出来なかった。この年はA+級レイクランド・タイガースで120試合に出場。しかし、打率は3年連続の下降で.268にとどまり、2本塁打、46打点という成績に止まった。一方で2年連続で30盗塁以上(34盗塁)を記録し、スピードは健在だった。

2002年5月17日のテキサス・レンジャーズ戦で念願のメジャーデビュー。主に遊撃手として65試合に出場し、早くもメジャー定着となった。打率は.243という低水準だったが、4本塁打はマイナー時代の自身の成績と比べても、当時は自己最多となる本数だった。

2003年は、遊撃で85試合、二塁で53試合に出場。その他の試合出場も合わせて141試合に出場し、自身初の規定打席到達を果たした(規定打席は502打席、2003年のサンティアゴの打席は507打席)。しかし、打率.225と力不足を露呈してしまった。

マリナーズ時代

2004年1月8日にカルロス・ギーエンとのトレードで、シアトル・マリナーズに移籍。しかし、十分な出場機会を与えられたとは言えず、マリナーズでプレーした2005年との2年間で27試合にしか出場できなかった。マリナーズでプレーした2年間の通算成績は打率.170、2打点だった。そして11月18日にマリナーズを自由契約となった。

タイガース復帰

2006年1月4日、古巣のタイガースと契約を結んだ。2006年は自身初の三塁守備を経験するなどで43試合に出場した。しかし、結果は伴わず、打率.225、3打点、2盗塁という成績にとどまった。

2007年は、出場試合数が11試合減って32試合にしか出場出来なかったが、メジャーデビュー後では自己最高となる打率.284を記録した。打撃面で進歩の兆しを見せた。

2008年は、レギュラーポジション再奪取とまではいかなかったが、58試合と十分に出場機会を与えられた。打率も2年連続で.280以上の数字を残し、打撃でもある程度計算出来る選手になった。また、17三振に対して22四球を選び、出塁率は.411という高い水準だった。その影響もあり、OPSも.871という数字だった。この年の成績は打率.282、4本塁打、18打点、1盗塁を記録した。

2011年10月30日にFAとなったが、11月30日にタイガースと再契約した。

2013年10月31日に再びFAとなった。

レッズ時代

2014年1月29日にシンシナティ・レッズとマイナー契約を結んだ[1]。3月30日にレッズとメジャー契約を結んだ[2]。この年は控え内野手として75試合に出場した。オフの10月30日にFAとなった。

ブルージェイズ傘下時代

2015年1月30日にトロント・ブルージェイズとマイナー契約を結んだ[3][4]。3月31日に自由契約となるが[5]、4月6日にマイナー契約でブルージェイズと再契約する。しかし左鎖骨の骨折で故障者リスト入りして開幕を迎えた。6月から傘下のAAA級バッファロー・バイソンズで実戦復帰するが、7月24日に自由契約となった。オフはドミニカ共和国のウィンターリーグであるリーガ・デ・ベイスボル・プロフェシオナル・デ・ラ・レプブリカ・ドミニカーナに参加し、レオネス・デル・エスコヒードに所属した。

引退後

2018年シーズンからはタイガースの一塁コーチを務める[6]。2020年は三塁コーチに転任となった[7]。2021年はチップ・ヘイルが三塁コーチとして入閣したことに伴って一塁コーチに復帰した[8]が、シーズン中の7月5日にヘイルが退団したことにより、16日より再び三塁コーチとなった(一塁コーチにはAAA級トレド・マッドヘンズよりキメラ・バーティーが昇格して就任。)[9]。

プレースタイル

複数のポジションをこなせる器用さを持ち、2003年に10盗塁を決めた俊足が持ち味だった。ただし、打撃力に難がある上に四球を選ばない傾向があるため、出塁率はあまり高くない。

詳細情報

年度別打撃成績

年

度
球

団
試

合
打

席
打

数
得

点
安

打
二
塁
打
三
塁
打
本
塁
打
塁

打
打

点
盗

塁
盗
塁
死
犠

打
犠

飛
四

球
敬

遠
死

球
三

振
併
殺
打
打

率
出
塁
率
長
打
率
O
P
S
2002 DET 652492223354554812085421308482.243.306.365.671
2003 1415074444110018121262910418233010669.225.292.284.576
2004 SEA 1945398710082002030131.179.256.205.461
2005 81382100010001010320.125.417.125.542
2006 DET 4386809181102132040101141.225.244.263.506
2007 32746710195102673030103100.284.324.388.712
2008 581561243035624571810502205171.282.411.460.870
2009 93296262297062710135121031714573.267.318.385.704
2010 11236732038849131042222823007566.263.337.325.662
2011 101294258296711359930001141704385.260.311.384.695
2012 932592281947712621710512015397.206.283.272.555
2013 802342052746811591401612101322.224.298.288.586
2014 CIN 752141792044802581721712403381.246.343.324.667
MLB:13年 920279424362955928518308032143015841620325542038.243.314.330.643
  • 各年度の太字はリーグ最高

年度別守備成績

年
度
球
団
二塁(2B)三塁(3B)遊撃(SS)左翼(LF)
試

合
刺

殺
補

殺
失

策
併

殺
守
備
率
試

合
刺

殺
補

殺
失

策
併

殺
守
備
率
試

合
刺

殺
補

殺
失

策
併

殺
守
備
率
試

合
刺

殺
補

殺
失

策
併

殺
守
備
率
2002 DET --6397205741.977-
2003 531051531045.963-851412481068.975-
2004 SEA --16223138.946-
2005 204011.000-20110.500-
2006 DET 121419041.000102001.000271748061.000-
2007 --312962212.978-
2008 2130360131.00062320.714334570315.975-
2009 2933520151.00020000----6978159635.975-
2010 252444111.986-85106227753.979-
2011 7593143128.996503001.000273580215.983-
2012 7175149132.99660510.83320133444.922-
2013 3355900191.00027519011.00027204927.972-
2014 CIN 20254718.98628223342.932201750081.00010000----
MLB 34145473714176.98875296573.931505620126447272.97610000----

背番号

  • 39(2002年 - 2003年、2006年 - 2013年、2018年 - )
  • 1(2004年 - 2005年)
  • 7(2014年)

脚注

  1. Mark Sheldon (2014年1月29日). “Reds find potential backup shortstop in Santiago” (英語). MLB.com. 2014年1月30日閲覧。
  2. “Reds 2014 Opening Day roster” (英語). MLB.com (2014年3月30日). 2014年3月31日閲覧。
  3. “Ramon Santiago agrees to minor league deal with Blue Jays” (英語). ESPN (2015年1月30日). 2015年3月12日閲覧。
  4. Austin Laymance (2015年1月30日). “Blue Jays ink Santiago to Minor League pact” (英語). MLB.com. 2015年3月12日閲覧。
  5. Blue Jays release veteran infielder Santiago MLB.com 英語 (2015年3月31日) 2015年4月1日閲覧
  6. Jason Beck (2017年11月3日). “In return to Tigers, Santiago elated to give back” (英語). MLB.com. 2017年11月13日閲覧。
  7. Evan Woodbery (2019年9月30日). “Tigers’ coaching staff will return with new roles but same faces in 2020” (英語). MLive.com. 2022年2月27日閲覧。
  8. Jason Beck (2020年11月7日). “Tigers add bench, hitting, 3B coaches” (英語). MLB.com. 2022年2月27日閲覧。
  9. Jason Beck (2021年7月16日). “Tigers promote Bartee to first-base coach” (英語). MLB.com. 2022年2月27日閲覧。

関連項目

外部リンク

This article is issued from Wikipedia. The text is licensed under Creative Commons - Attribution - Sharealike. Additional terms may apply for the media files.