ラ・ヴァレット=デュ=ヴァール

ラ・ヴァレット=デュ=ヴァール (La Valette-du-Var)は、フランス、プロヴァンス=アルプ=コート・ダジュール地域圏、ヴァール県のコミューン。

La Valette-du-Var

行政
国 フランスの旗 フランス
地域圏 (Région) プロヴァンス=アルプ=コート・ダジュール地域圏
県 (département) ヴァール県
郡 (arrondissement) トゥーロン郡
小郡 (canton) 小郡庁所在地
INSEEコード 83144
郵便番号 83160
市長(任期) クリスティアーヌ・ウンメル
(2008年 - 2014年)
自治体間連合 (fr) fr:Communauté d'agglomération Toulon Provence Méditerranée
人口動態
人口 21 439人
(2008年)
人口密度 1 383人/km2
住民の呼称 Valettois
地理
座標 北緯43度08分18秒 東経5度58分59秒
標高 平均:m
最低:37 m
最高:701 m
面積 15.5km2 (1 550ha)
La Valette-du-Varの位置(フランス内)
La Valette-du-Var
La Valette-du-Var
公式サイト www.lavalette83.fr

地理

トゥーロン都市圏に属し、トゥーロンの西に位置する。

ファロン山やクードン山のふもとにひろがる、現在は高度に都市化された小さな肥沃な谷に位置する。

歴史

銅器時代と青銅器時代にはすでに山中の洞窟に人が定住していた。ローマ侵攻前にリグリア人がオッピドゥムをつくっていた。

地元の学者たちは昔から、ローマ人がVallis Laetaのまちをつくったと唱えているが、おそらくそれは農場を中心としたヴィッラで、そのいくつかはオリーブ・オイル生産専用であった。

現在のラ・ヴァレットの位置に村がつくられたのは中世である。村はカストルムとなった。

1720年には黒死病が流行し村の人口の3割が失われた。17世紀から18世紀にかけて、毎回失敗に終わったトゥーロン攻略に巻き込まれ、失望した敵はヴァレットを荒らして火を放った。19世紀から第二次世界大戦後までのラ・ヴァレットは農業収入に依存する村だった。

アルジェリア独立戦争によって国を脱出したピエ・ノワールたちが帰国し、ラ・ヴァレットの人口が急増した。コミューン南部のラ・クピアーヌ地区に新たな住宅郡が建設された。

人口統計

1962年 1968年 1975年 1982年 1990年 1999年 2006年
6 949 11 194 14 745 18 296 20 687 21 739 22 067

source = Ehess[1]と[2]

姉妹都市

脚注

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