リチャード・サンダース・ロジャーズ

リチャード・サンダース・ロジャーズ(Richard Sanders Rogers、1861年12月2日 - 1942年3月28日)は、オーストラリアの医師、ランの研究家である。ランの研究家としては80種のオーストラリアのラン、3種のニュージーランドのラン、30種のニューギニアのランを記載し、3つの新しい属をたてた。

リチャード・サンダース・ロジャーズ

略歴

アデレードに生まれた。1881年にアデレード大学を卒業し、プリンス・アルフレッド・カレッジで教えた後、奨学金を得て、エディンバラ大学に留学し、医学を学び修士号を得た。開業医として働き、1897年から王立アデレード病院の顧問医師を務め、第一次世界大戦中はアデレードの軍の病院で軍医将校として働いた。南オーストラリアの医療委員会のメンバーなどの公職も務め、アデレード大学で法医学の講義を行うなど、地域の医療技術の向上に寄与した[1][2][3]。

余暇に、ランの研究を行い、独学で植物学を学び、オーストラリアのランに関して、国際的な権威となった。1906年から1932年の間に25編の論文を発表した。5200種以上の種を収集し、私設の栽培園を作り、イギリス、オランダ、アメリカの研究者と交流した。30年間にわたってアデレードに住む植物画家のローザ・ファイヴアシュ(Rosa Fiveash)が図を描くことで、ロジャースに協力した。1905年に南オーストラリア王立協会の会員に選ばれ、1914年には副会長、1920年には会長を務めた。1924年にはリンネ協会の会員にも選ばれた[4] 。ロジャースと交流したラン研究家には、 オーストラリアの聖職者、ハーマン・ルプ(Herman Rupp)やウィリアム・ニコルス(William Henry Nicholls)、ドイツの植物学者ルドルフ・シュレクターらがいる。

ランの種、Pterostylis rogersii E.Colemanと Prasophyllum rogersii Ruppに献名されている。

参考文献

  1. “Dr Richard Sanders Rogers, December 1861 to March 1942”. Council of Heads of Australasian Herbaria Australian National Herbarium biography. 2015年1月28日閲覧。
  2. “Rogers, Richard Sanders (1861–1942)”. Australian Dictionary of Biography (1988年). 2015年1月28日閲覧。
  3. “Who's Who South Australia Centenary 1936”. National Library of Australia. 2015年1月28日閲覧。
  4. “Richard Sanders Rogers 1861 -1942 Papers and biographical material 1894-2003 (Richard Sanders Rogers 1861 -1942 Papers and biographical material 1894-2003 (MSS 0085)”. University of Adelaide: Rare Books & Special Collections. 2015年1月28日閲覧。
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