ルカ・ブッチ

ルカ・ブッチ(Luca Bucci, イタリア語発音: [ˈluːka ˈbuttʃi], 1969年3月13日 - )は、イタリアの元プロサッカー選手、サッカー指導者。元イタリア代表。現役時代のポジションはゴールキーパー

ルカ・ブッチ
名前
ラテン文字 Luca Bucci
基本情報
国籍 イタリアの旗 イタリア
生年月日 (1969-03-13) 1969年3月13日(55歳)
出身地 ボローニャ
身長 180cm
体重 80kg
選手情報
ポジション GK
利き足 右足
ユース
1984-1986 イタリアの旗 パルマ
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
1986-1987 イタリアの旗 パルマ 1 (0)
1987 イタリアの旗 プロ・パトリア (loan) 1 (0)
1987-1988 イタリアの旗 リミニ (loan) 1 (0)
1988-1990 イタリアの旗 パルマ 4 (0)
1990-1992 イタリアの旗 カゼルターナ 67 (0)
1992-1993 イタリアの旗 レッジャーナ 36 (0)
1993-1998 イタリアの旗 パルマ 95 (0)
1997 イタリアの旗 ペルージャ (loan) 17 (0)
1998-2003 イタリアの旗 トリノ 160 (0)
2003-2004 イタリアの旗 エンポリ 17 (0)
2004-2008 イタリアの旗 パルマ 81 (0)
2009 イタリアの旗 ナポリ 1 (0)
代表歴2
1994-1995  イタリア 3 (0)
1. 国内リーグ戦に限る。2022年11月11日現在。
2. 2022年11月11日現在。
■テンプレート(■ノート ■解説)■サッカー選手pj

経歴

クラブ

ボローニャ出身で、パルマのユースチームを経て、1986-87シーズンにトップチームデビューを飾った[1]セリエCセリエBのクラブで数シーズン過ごし、1992-93シーズンにはレッジャーナでセリエB優勝を果たした[2]パルマACに復帰し、1993年8月29日のウディネーゼ戦でセリエA初出場。1993年にUEFAスーパーカップ、1995年にはUEFAカップを制し、コッパ・イタリアUEFAカップウィナーズカップスーペルコッパ・イタリアーナ、セリエAでも好成績を収め、パルマの守護神として活躍した。しかし、1995年11月の負傷により下部組織から急遽昇格したばかりで、当時まだ17歳であったジャンルイジ・ブッフォンが台頭し、1996-97シーズンには正ゴールキーパーのポジションを奪われる形となった[3]。このことから監督のカルロ・アンチェロッティと対立し、出場機会を求めてパルマを離れることとなった[4]

ペルージャで半期プレーしたが、チームはセリエBに降格した[5]。1998年に当時セリエBのトリノに移籍[5]。2000-01シーズンにセリエBで優勝し、セリエA復帰に貢献するなど、6シーズンに渡ってゴールマウスを守った。その後エンポリに移籍したが、半数ほどしか試合に出場できず、クラブもセリエBに降格したため、シーズン終了後に退団した[4]

その後半年ほど無所属であったが、2005年1月、トリノに移籍したジャンルカ・ベルティの代役としてパルマに復帰[6]。当初は控えGKであったが、セバスティアン・フレイが退団すると、正GKに返り咲いた。2008年6月クラブのセリエB降格とともに、自身もパルマを退団した[4]

再び無所属となり7か月ほど過ごした後、GKに負傷者が相次いだナポリに加入。2009年4月19日、アウェイでのカリャリ戦に出場し、このシーズンでナポリのゴールマウスを守った5人目のGKとなった[7]。この試合での、40歳1ヵ月1日での出場は、ナポリの選手としては、セリエAの最年長記録となった[5]

代表

パルマでデビューした頃の監督である、アリゴ・サッキによって1994 FIFAワールドカップの直前に代表に選出され、大会のメンバー入りを果たした[1]。しかし、ジャンルカ・パリュウカルカ・マルケジャーニに次ぐ第3GKの立場であり、出場機会はなかった。同年12月21日、トルコとの親善試合で代表初出場[8]UEFA EURO '96予選クロアチア戦で退場処分になって以降、フランチェスコ・トルドの台頭もあり、完全に第3キーパーとなった[5]1996年の欧州選手権のメンバーにも選出されたが、こちらでも出場機会はなかった。通算では親善試合2試合と、欧州選手権予選1試合、計3試合に出場した[9]

個人成績

クラブ

国内大会個人成績
年度クラブ背番号リーグ リーグ戦 リーグ杯オープン杯 期間通算
出場得点 出場得点出場得点 出場得点
イタリア リーグ戦 イタリア杯オープン杯 期間通算
1986-87パルマセリエB1010-20
1987-88プロ・パトリアセリエC210-10
リミニセリエC110-10
1988-89パルマセリエB0000-00
1989-904000-40
1990-91カゼルターナセリエC1320-320
1991-92セリエB35040-390
1992-93レッジャーナセリエB36030-390
1993-94パルマセリエA32000-320
1994-9530030-330
1995-96126010-270
1996-977010-80
ペルージャ35170--170
1997-98トリノ36セリエB190--190
1998-99120040-240
1999-0025セリエA32000-320
2000-011セリエB35060-410
2001-02セリエA30000-300
2002-0324000-240
2003-04エンポリ17020-190
2004-05パルマ372000-20
2005-06722000-220
2006-07526010-270
2007-08531000-310
2008-09ナポリ701000-10
通算イタリアセリエC 340-340
イタリアセリエB 1500180-1680
イタリアセリエA 297080-3050
総通算 4810260005070

代表

イタリア代表国際Aマッチ
出場得点
199410
199520
通算30

引退後

ナポリでの2008-09シーズン終了後に40歳で現役を引退し、パルマの下部組織のGKコーチに就任した[4][10]。2015年には新監督に就任したロベルト・ドナドーニのもと、ボローニャのGKコーチを務めた。

タイトル

ACレッジャーナ
  • セリエB(1992-93)
パルマAC
  • UEFAスーパーカップ(1993)
  • UEFAカップ(1994-95)
トリノ・カルチョ
  • セリエB(2000-01)

脚注

  1. Luca Bucci”. Parma. 2023年8月29日閲覧。
  2. Emilio Marrese (1993年8月15日). “Pecchia, sarà famoso?”. la Repubblica. http://ricerca.repubblica.it/repubblica/archivio/repubblica/1993/08/15/pecchia-sara-famoso.html 2022年11月11日閲覧。
  3. 神尾光臣 (2017年4月7日). ブッフォン、うつ乗り越え1000試合出場。世界最高GKの知られざるキャリア第一歩と苦悩の日々”. FOOTBALL CHANNEL. 2022年11月11日閲覧。
  4. Benedetto Ferrara (2009年6月17日). Bucci si sfila i guanti Se non ci fosse stato Buffon... (イタリア語). La Repubblica. 2015年5月24日閲覧。
  5. Luca Bucci, recordman del Napoli con il cuore diviso tra Parma e Torino”. GOAL (2023年3月13日). 2023年8月29日閲覧。
  6. “Bucci answers Parma call”. UEFA. (2005年1月20日). オリジナルの2012年7月13日時点におけるアーカイブ。. https://archive.today/20120713011735/http://en.archive.uefa.com/competitions/uefacup/news/kind=1/newsid=274168.html 2010年7月7日閲覧。
  7. “Napoli, è l' ora del quinto portiere E il "vecchio" Bucci si emoziona” (イタリア語). ガゼッタ・デロ・スポルト. (2009年4月19日). http://archiviostorico.gazzetta.it/2009/aprile/19/Napoli_ora_del_quinto_portiere_ga_10_090419135.shtml 2009年4月30日閲覧。
  8. Italy - Türkiye, Dec 21, 1994 - International Friendlies - Match sheet”. Transfermarkt. 2022年11月11日閲覧。
  9. Luca BUcci Nationalteam”. Transfermarkt. 2023年8月29日閲覧。
  10. Settore Giovanile Organigramma (イタリア語). パルマFC. 2010年9月29日時点のオリジナルよりアーカイブ。2010年7月7日閲覧。

外部リンク

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