レニー・ランドル

レオナルド・シェノフ・ランドル(Leonard Shenoff Randle, 1949年2月12日 - )は、アメリカ合衆国・カリフォルニア州ロサンゼルス郡ロングビーチ出身の元プロ野球選手(内野手・外野手)。右投両打。

レニー・ランドル
Lenny Randle
基本情報
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
出身地 カリフォルニア州ロサンゼルス郡ロングビーチ
生年月日 (1949-02-12) 1949年2月12日(75歳)
身長
体重
5' 10" =約177.8 cm
169 lb =約76.7 kg
選手情報
投球・打席 右投両打
ポジション 三塁手、二塁手、外野手
プロ入り 1970年 6月MLB二次ドラフト1巡目
初出場 1971年6月16日
最終出場 1982年6月20日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

経歴

1970年6月のMLB二次ドラフト1巡目(全体10位)でワシントン・セネターズ(現在のテキサス・レンジャーズ)から指名され、プロ入り。1971年に早くもメジャーデビュー。1974年からはレギュラーとなり打率.302をマークするが、1977年のスプリングトレーニング中にフランク・ルケーシー監督を殴って負傷させ、30日間の出場停止処分を受けた後にニューヨーク・メッツへトレードされる[1]。移籍1年目のこの年はともにキャリアハイとなる打率.304・33盗塁をマーク。

その後、ニューヨーク・ヤンキース(1979年)、シカゴ・カブス(1980年)を経て1981年にシアトル・マリナーズへ移籍。同年5月27日のカンザスシティ・ロイヤルズ戦、この時三塁を守っていたランドルはエイモス・オーティスが放ったボテボテの三塁ゴロになった打球を見て、四つん這いになって息を吹きかけた。球審に注意されたランドルは「息をかけたんじゃない。ファウルになれとおまじないを唱えただけだ」と釈明する。球審は一旦ファウルを宣告するが、ロイヤルズ監督のジム・フライの抗議を受けて判定を覆した[2]。翌1982年がメジャーでの最後のシーズンとなった。

メジャーから退いた後はイタリアの野球トップリーグ・セリエAでプレー。1994年8月から1995年4月にかけてMLB史上最長のストライキが実施された影響で、1995年のスプリングトレーニングにはオーナー側の命令で代替選手として参加。そのため、スト破りを行った報復措置としてメジャー昇格後も選手会への加入を認められなかった。

その後、マリナーズ時代の同僚・サド・ボスリーと共に歌手として活動した[3][4]。

詳細情報

年度別打撃成績

年

度
球

団
試

合
打

席
打

数
得

点
安

打
二
塁
打
三
塁
打
本
塁
打
塁

打
打

点
盗

塁
盗
塁
死
犠

打
犠

飛
四

球
敬

遠
死

球
三

振
併
殺
打
打

率
出
塁
率
長
打
率
O
P
S
1971 WAS
TEX
7524921527471102641311722421563.219.298.298.595
1972 7426724923481302672145311321518.193.235.269.504
1973 10302936111121021000020.207.207.414.621
1974 15157352065157174118549261716629224310.302.338.356.693
1975 1566766018516624742165716191045734808.276.341.359.700
1976 142597539531211161147513015644622634.224.286.273.559
1977 NYM 1365855137815622752072733213265327015.304.383.404.787
1978 132508437531021682140351411246471577.233.330.320.650
1979 NYY 2042392700073000030021.179.238.179.418
1980 CHC 1305494896713519651813919137250215513.276.343.370.713
1981 SEA 8230027322639148625116631741222.231.276.315.591
1982 305146108200101221040041.174.240.217.457
通算:12年 1138442739504881016145402713223221561126228372271550572.257.321.335.656

背番号

  • 2(1971年 - 1972年)
  • 21(1973年、1980年)
  • 7(1974年 - 1975年途中、1976年)
  • 33(1975年途中 - 同年終了)
  • 11(1977年 - 1978年)
  • 34(1979年)
  • 1(1981年 - 1982年)

脚注

  1. Jamey Newberg (2007年4月26日). “Swapping stories: The '77 Randle trade”. MLB.com. 2017年2月4日閲覧。
  2. 「特別寄稿エッセイ W・P・キンセラと哀愁のマリナーズ」『マリナーズ地区優勝&ポストシーズン展望号』ベースボール・マガジン社 41頁
  3. KILLER FUNK: Lenny Randle and Thad Bosley - American Worker (Sample)、YouTube)
  4. 出野哲也『改訂新版 メジャー・リーグ人名事典』言視舎、2013年、656-657頁頁。ISBN 978-4-905369-67-7。

関連項目

外部リンク

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