ロックフォール (ランド県)

ロックフォール (Roquefort、ガスコーニュ語:Ròcahòrt)は、フランス、ヌーヴェル=アキテーヌ地域圏、ランド県のコミューン。2012年のランキングにより、花のまちコンクールのフランス評議会はロックフォールに一つ花を授与している[1]。

Roquefort


行政
国 フランスの旗 フランス
地域圏 (Région) ヌーヴェル=アキテーヌ地域圏
県 (département) ランド県
郡 (arrondissement) モン=ド=マルサン郡
小郡 (canton) 小郡庁所在地
INSEEコード 40304
郵便番号 40150
市長(任期) ピエール・シャニュ
(2008年 - 2014年)
自治体間連合 (fr) fr:Communauté de communes du Pays de Roquefort
人口動態
人口 1 908人
(2009年)
人口密度 157人/km2
地理
座標 北緯44度02分03秒 西経0度19分17秒
標高 最低:49 m
最高:95m
面積 12.12km2 (1 212ha)
Roquefortの位置(フランス内)
Roquefort
Roquefort
公式サイト Site officiel de la commune de Roquefort

地理

高速道132号線と134号線が通り、A65への乗り入れも可能である。

ロックフォールはペイ・ド・マルサン地方に属し、アルブレ地方とアルマニャック地方に接する。

ドゥーズ川右岸の支流であるエスタンポン川が、ロックフォールにて合流する。

歴史

ノートルダム教会

ロックフォールは、10世紀に、エスタンポン川とドゥーズ川の合流地点を見下ろす位置にペネカデ要塞を建設したマルサン子爵領に含まれる。12世紀以降、ロックフォールのまちは壁を周囲に築いて自衛するようになり、城の周りにはカステルノーを築いた。12世紀半ばになると、城は古くなって住むには不便となり、住居の交換を領主と契約した。強力なサン・ソヴール修道院の後押しを受けるベネディクト会派の修道士たちがロックフォールに定住して小修道院を建てた。彼らは古い城壁を利用してロマネスク様式のノートルダム教会を建てた。

1357年、フォワ伯およびマルサン子爵であったガストン3世・ド・フォワ=ベアルン(fr)は、ロックフォールにバスティッドを築いた。やがてこの地はレモヴィセンシスの道(fr)をやってくるサンティアゴ・デ・コンポステーラの巡礼路の巡礼者たちと重要なつながりを持つようになった。アントニヌス会もまちの中に創設され、川を横断したり、当時のプティット・ランド地方を旅しようとする巡礼者たちを助けた。

1295年まで、まちはフランス王フィリップ4世の所有であった。1526年にはフランソワ1世が、1660年にはルイ14世が、1808年にはナポレオン・ボナパルトがまちを訪れている。

人口統計

1962年 1968年 1975年 1982年 1990年 1999年 2007年
2109 2170 2112 1828 1821 1897 1912[2]

参照元:Insee [3]

経済

1980年代に製紙工場が閉鎖され、地域経済は深刻な打撃を受けた。中小企業が活発なネットワークを持っている。

脚注

  1. Site des Villes et Villages Fleuris Archived 2015年6月26日, at the Wayback Machine., consulté le 21 février 2013.
  2. "Recensement de la population au 1er janvier 2007". Insee. 2010年2月15日閲覧。
  3. "Résultats du recensement de la population - 2006 - Roquefort". Insee. 2010年2月15日閲覧。
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