ロバート・フェローズ (フェローズ男爵)

フェローズ男爵ロバート・フェローズ(英: Robert Fellowes, Baron Fellowes, GCB, GCVO, QSO, PC、1941年12月11日 - )は、イギリス女王エリザベス2世の近臣、一代貴族。

フェローズ男爵
ロバート・フェローズ
Robert Fellowes
Baron Fellowes
生年月日 (1941-12-11) 1941年12月11日(82歳)
称号 フェローズ男爵、ロイヤル・ヴィクトリア勲章ナイト・グランド・クロス(GCVO)、バス勲章ナイト・グランド・クロス(GCB)、枢密顧問官(PC)
配偶者 ジェーン

イギリスの旗 女王個人秘書
在任期間 1990年 - 1999年

イギリスの旗 貴族院議員
在任期間 1999年7月12日 - 現職[1]

妻はダイアナ元皇太子妃の姉にあたるジェーン。

経歴

1941年12月11日、サー・ウィリアム・フェローズ(Sir William Fellowes)とその妻ジェーンの長男として生まれる[2]。父ウィリアムは、サンドリンガムにある女王エリザベス2世の所有地の管理人を務めた[3]。

1968年から1977年まで証券会社アレン・ハーヴィ―・アンド・ロス有限責任会社(Allen Harvey and Ross Ltd)の社長を務める[2]。

1977年から女王個人秘書補佐となり、1986年には女王個人秘書代理、1990年には女王個人秘書に昇進した[3]。1999年まで在職した[2]。

1978年4月には第8代スペンサー伯爵エドワード・スペンサーの次女ジェーンと結婚した。その後フェローズはジェーンの妹であるダイアナが皇太子チャールズ(のちのチャールズ3世)に嫁ぐうえで重要な役割を果たしたという[4]。

1999年7月には一代貴族のフェローズ男爵位に叙され[2]、貴族院議員に列する[1]。貴族院内では中立派に属する[5]。

2008年からは大英図書館の館長を務めている[5]。

ダイアナ事故死の陰謀論

ダイアナと一緒に事故死したドディ・アルファイドの父モハメド・アルファイドが唱える陰謀論によれば、1997年のパリでのダイアナとドディの事故死は「人種差別主義者」の王配エジンバラ公フィリップが仕組んだ暗殺なのだという。そしてフェローズ卿こそがエジンバラ公の命令でパリにやって来て具体的なダイアナ・ドディ殺害計画を立案した人物だという。アルファイドは豊富な資金に物を言わせて陰謀論に都合のいい証拠をかき集めようと図ったが、証拠はほとんどない[6]。

栄典

爵位

勲章

その他

家族

1978年に第8代スペンサー伯爵エドワード・スペンサーの次女ジェーンと結婚し、彼女との間に以下の3子を儲ける[2]。

  • 第1子(長女)ラーラ・ジェーン閣下(1980-)
  • 第2子(長男)アレクサンダー・ロバート閣下(1983-)
  • 第3子(次女)エリナー・ルース閣下(1985-)

出典

  1. UK Parliament. “Mr Robert Fellowes” (英語). HANSARD 1803–2005. 2014年3月19日閲覧。
  2. Lundy, Darryl. “Robert Fellowes, Baron Fellowes” (英語). thepeerage.com. 2014年3月19日閲覧。
  3. キャンベル(1998) p.23
  4. キャンベル(1998) p.68
  5. “Lord Fellowes”. www.parliament.uk. 2014年5月28日閲覧。
  6. ブラウン(2011) p.377

参考文献

  • コリン キャンベル 著、小沢瑞穂 訳『ダイアナ“本当の私”』光文社、1998年(平成10年)。ISBN 978-4334960834。
  • ティナ・ブラウン 著、菊池由美、笹山裕子、村上利佳、高橋美江 訳『ダイアナクロニクル 伝説のプリンセス最後の真実』マーブルトロン、2011年(平成23年)。ISBN 978-4123902953。

外部リンク

宮廷職
先代
サー・ウィリアム・ヘーゼルタイン
女王個人秘書
1990年 - 1999年
次代
ジャンブリン男爵
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