ロベルト・デュラン

ロベルト・デュラン(Roberto Durán、1951年6月16日 - )は、パナマのプロボクサー。元WBA世界ライト級王者。元WBC世界ライト級王者。元WBC世界ウェルター級王者。元WBA世界ジュニアミドル級王者。元WBC世界ミドル級王者。世界4階級制覇王者。ニックネームは「石の拳(コブシ) Manos De Piedra, Hands of Stone 」。

ロベルト・デュラン
1994年、ビニー・パジェンサとの試合前
基本情報
本名 ロベルト・デュラン・サマニエゴ
通称 Manos De Piedra(石の拳)
階級 ミドル級
身長 170cm
リーチ 168cm
国籍 パナマの旗 パナマ
誕生日 (1951-06-16) 1951年6月16日(72歳)
出身地 パナマ県エンチョリーヨ
プロボクシング戦績
総試合数 119
勝ち 103
KO勝ち 70
敗け 16

娘のイリシェル・デュランもプロボクサー。

来歴

1951年6月16日、エンチョリーヨのスラム街で生まれた。1968年、16歳でプロデビュー以来、連戦連勝を続け、その中には後のフェザー級王者エルネスト・マルセルや、世界スーパーフェザー級王座を6度防衛した小林弘をKOで下す試合などが含まれている。

1972年6月26日、無敗のままWBA世界ライト級王者ケン・ブキャナンに挑戦。デュランは初回からダウンを奪うなどして終始攻勢。そして13回、ボディブローでKO勝ちを収めた。ブキャナン側からローブローであると抗議の声が上がったがデュランが新王者となった。

世界王座に就いてからのデュランは更に強さを発揮した。「石の拳(こぶし)」と形容されたワイルドな強打で、後のWBC世界王者ガッツ石松、タフで鳴らしたレイ・ランプキン等の実力者を相手に、「10連続KOを含む11度の防衛」を達成。その間もノンタイトル戦も頻繁にこなした。1978年1月21日、デュランに初黒星を与えたエステバン・デ・ヘススとWBA&WBC王座統一戦を行い12回TKO勝ちで12度目の防衛を達成。WBC世界ライト級王座獲得。同時期にフェザー級、ジュニアライト級で世界王座に君臨したアレクシス・アルゲリョ[1]や、ジュニアウェルター級世界王者として無敵を誇ったアントニオ・セルバンテスとの対戦は、何度も噂に上ったが実現しなかった。

ライト級タイトルを返上したデュランは、8試合のノンタイトル戦を挟んだ後の1980年6月20日、2階級上のWBC世界ウェルター級王者シュガー・レイ・レナード[2]に挑戦する。レナードのスピードが勝ると予想されていたが、デュランは天性のボクシングセンスを発揮。2回に右クロスを決めてレナードをぐらつかせ、その後もロープに詰めて接近戦を挑む。レナードの速いパンチにも機敏に反応した。僅差ながら予想外の判定勝ちを収めて2階級制覇を達成する[3]。この勝利に母国パナマは大熱狂。時の大統領が仕向けた大統領専用機で帰国すると、この日を「デュランの日」という祝日に制定される騒ぎとなった。(その後、廃止されている)

しかし、5か月後の11月25日の再戦では徹底的なヒット・アンド・アウェイ戦法を取るレナードにフラストレーションが溜まり、8回に腹痛を訴えて「試合放棄同然のTKO負け」をした。この試合に対してルイジアナ・ボクシング・コミッションは「不満足な試合内容」を理由に7500ドルの支払いを命じた。ファイトマネー1000万ドルの支払い差し止めも求められたが、プロモーターは支払い済みと語った[4]。 このとき放った言葉と共に「ノー・マス(もうたくさんだ)」事件として有名になる。また、この試合をきっかけにデュランのボクシング人生は波乱を迎えた。

1982年1月30日、ウィルフレド・ベニテスのWBC世界ジュニアミドル級タイトルに挑むも判定負け。9月4日のノンタイトル戦でも、格下と見られていたカークランド・ラインにも判定で敗れた。

1983年6月16日、デビー・ムーアの持つWBA世界ジュニアミドル級タイトルに挑んだ時もデュラン不利と見られていた。しかし、デュランは初回から試合のペースを握る。ムーアのパンチを外し、ボディを執拗に攻めた。7回に疲れの見えるムーアに右クロスでダウンを奪うと、続く8回には容赦ない追撃を加えた。劇的なTKO勝ちで史上7人目の3階級制覇を果たすと共に、完全復活をアピールした。

この時期、ヘビー級は安定とも退屈とも揶揄されるラリー・ホームズが王者にあり、人々は飽いていた。ボブ・アラムはミドル級で一番強いのは誰か、というサバイバルゲームで1980年代を熱狂させることになる。

三階級制覇で勢いに乗るデュランは同年11月10日、3団体統一世界ミドル級王者マービン・ハグラーに挑む。それまでの防衛戦を全てKOで飾っていたハグラーだけに無謀な挑戦と思われたが、右を好打するなど互角の戦いを演じる。しかし、14回以降スタミナをロス。ハグラーの的確なパンチを浴び、判定にもつれ込んだものの3-0で敗れた。

1984年6月15日、WBC世界ジュニアミドル級王者トーマス・ハーンズ[5]と対戦。しかし、ハーンズの長いリーチとスピード、パワーで圧倒される。デュランは初回にいきなり2度のダウンを奪われ、続く「2回」、右クロスをもらい「失神KO負け」を喫した。その余りにも豪快な倒されっぷりに人々はこの試合を後に「ラスベガス恐怖の一撃」と名づけた。なお、この試合は当初、WBAの同級王者であるデュランとWBC王者であるハーンズとの統一戦として行われる予定であったが、当時WBAは15ラウンド制、WBCは12ラウンド制で試合が行われていたため、ラウンド制がネックとなり両団体との交渉がまとまらず、WBAはタイトルマッチとして認めず、逆に試合を強行した場合、王座を剥奪するという警告を出す事態となったが、試合は強行され、デュランはリングに上がった瞬間にWBA王座を剥奪されている。

無冠となってからも試合を重ね、1989年2月24日、WBC世界ミドル級王者アイラン・バークレーに挑む。バークレーは、トーマス・ハーンズを番狂わせの3回TKOでタイトル獲得したタフなファイターであった。しかし、自分より若くパワーのあるバークレーのパンチを天性の防御勘で外しきり、11回にはワンツーでダウンを奪う。判定は割れたが2人のジャッジはデュランを支持。若い頃とは一味違う技巧派の面を発揮し、4階級目のタイトルを獲得した。

ちなみに、デュランはライト級王者になる前はスーパーフェザー級で世界1位にランキングされていた。また、ライト級王者になってからのノンタイトル戦では、1階級上のスーパーライト級世界ランカーとも頻繁にグローブを交えたが、1972年11月17日に行われたエステバン・デ・ヘスス戦以外負けることはなかった。

バークレー戦を最後に世界タイトルとは無縁となった。1989年12月7日、シュガー・レイ・レナードとの3度目の対戦(WBC世界スーパーミドル級タイトルマッチ)では判定負け。

しかし、その後もヘクター・カマチョ[6](二度戦ってともに判定負け)やビニー・パジェンサ(2戦してともに判定負け)といった元世界王者、中堅どころの選手と戦い続けた。1998年8月28日には47歳にしてウィリアム・ジョッピーの持つWBA世界ミドル級タイトルに挑戦するも、棄権による3回TKO負けを喫した。

その後もリングに上がり続けたが、交通事故で重傷を負い、2002年7月21日、パナマシティで現役引退を発表した。最後の試合は2001年7月14日のヘクター・カマチョ戦(12R判定負け)であった。

1992年4月19日に、東京体育館での藤原組の旗揚げ一周年記念興行で船木誠勝と異種格闘技戦を行った。2ラウンドにはボディブローで船木からダウンを奪うも、3ラウンドで船木に捕まり腕固めで敗れた。ルールは変則的で、素手の船木は顔面パンチ、グラウンドでの打撃が禁止され、グラウンド状態は10秒でブレイクになり、なおかつデュランの攻撃はほとんど許されるという、デュランに大幅に譲歩したルールであった。

デュランは試合後の記者会見で 「やっぱり、一年間練習をしないで、3週間で仕上げたのには無理があったね」 と自ら準備不足を告白し、Tシャツで戦ったことについては 「練習ではいつも着ているし、習慣になっているからね。掴まれたときにシャツを着ていたほうがいいと思ったが、暑かった」 と語った。

引退後は、6,000万ドルともいわれるファイトマネーを散財してほとんど手元にないという。

略歴

対戦成績

プロボクシング 戦績
119 試合 (T)KO 判定 その他 引き分け 無効試合
103 勝 70 33 - - -
16 敗 4 12 -
No. 結果 通算成績 相手 タイプ ラウンド(規定)、時間 日付 開催地 メモ
119 負 103–16 プエルトリコの旗 ヘクター・カマチョ UD 12 2001年7月14日 アメリカ合衆国の旗 コロラド州デンバー NBAスーパーミドル級
118 勝 103–15 アメリカ合衆国の旗 Patrick Goossen UD 10 2000年8月12日 アメリカ合衆国の旗 ワシントン州トッペニッシュ
117 勝 102–15 アメリカ合衆国の旗 Pat Lawlor UD 12 2000年6月16日 パナマの旗 フアン・ディアス NBAスーパーミドル級獲得
116 負 101–15 アルゼンチンの旗 Omar Gonzalez UD 10 1999年3月6日 アルゼンチンの旗 ブエノスアイレス州マル・デル・プラタ
115 負 101–14 アメリカ合衆国の旗 ウィリアム・ジョッピー TKO 3 (12), 2:54 1998年8月28日 アメリカ合衆国の旗 ネバダ州ラスベガスウィンチェスター WBAミドル級
114 勝 101–13 コロンビアの旗 Felix Jose Hernandez UD 10 1998年1月31日 パナマの旗 パナマ市
113 勝 100–13 イギリスの旗 David Radford UD 8 1997年11月15日 南アフリカ共和国の旗 ハマンスクラール
112 勝 99–13 アルゼンチンの旗 ホルヘ・カストロ UD 10 1997年6月14日 パナマの旗 パナマ市
111 負 98–13 アルゼンチンの旗 ホルヘ・カストロ UD 10 1997年2月15日 アルゼンチンの旗 ブエノスアイレス州マル・デル・プラタ
110 勝 98–12 アイルランドの旗 Mike Culbert TKO 6 (10), 2:24 1996年9月27日 アメリカ合衆国の旗 ウェストバージニア州チェスター
109 勝 97–12 メキシコの旗 Ariel Cruz KO 1 (10) 1996年8月31日 パナマの旗 パナマ市
108 負 96–12 プエルトリコの旗 ヘクター・カマチョ UD 12 1996年6月22日 アメリカ合衆国の旗 ニュージャージー州アトランティックシティ IBCミドル級決定戦
107 勝 96–11 アメリカ合衆国の旗 Ray Domenge UD 10 1996年2月20日 アメリカ合衆国の旗 フロリダ州マイアミ
106 勝 95–11 アメリカ合衆国の旗 Wilbur Garst TKO 4 (10), 2:14 1995年12月21日 アメリカ合衆国の旗 フロリダ州フォートローダーデール
105 勝 94–11 アメリカ合衆国の旗 Roni Martinez TKO 7 (10), 2:59 1995年6月10日 アメリカ合衆国の旗 ミズーリ州カンザスシティ
104 負 93–11 アメリカ合衆国の旗 ビニー・パジェンサ UD 12 1995年1月14日 アメリカ合衆国の旗 ニュージャージー州アトランティックシティ IBCスーパーミドル級
103 勝 93–10 アメリカ合衆国の旗 Heath Todd TKO 6 (10), 3:00 1994年10月18日 アメリカ合衆国の旗 ミシシッピ州ベイセントルイス
102 負 92–10 アメリカ合衆国の旗 ビニー・パジェンサ UD 12 1994年6月25日 アメリカ合衆国の旗 ネバダ州パラダイス IBCスーパーミドル級決定戦
101 勝 92–9 アメリカ合衆国の旗 Terry Thomas TKO 4 (10), 1:02 1994年3月29日 アメリカ合衆国の旗 ミシシッピ州ベイセントルイス
100 勝 91–9 アメリカ合衆国の旗 Carlos Montero UD 10 1994年2月22日 フランスの旗 マルセイユ
99 勝 90–9 アメリカ合衆国の旗 Tony Menefee TKO 8 (10) 1993年12月14日 アメリカ合衆国の旗 ミシシッピ州ベイセントルイス
98 勝 89–9 アメリカ合衆国の旗 Sean Fitzgerald KO 6 (10), 1:43 1993年8月17日 アメリカ合衆国の旗 ミシシッピ州ベイセントルイス
97 勝 88–9 カナダの旗 Jacques LeBlanc UD 10 1993年6月29日 アメリカ合衆国の旗 ミシシッピ州ベイセントルイス
96 勝 87–9 アメリカ合衆国の旗 Ken Hulsey KO 2 (10), 2:45 1992年12月17日 アメリカ合衆国の旗 オハイオ州クリーブランド
95 勝 86–9 アメリカ合衆国の旗 Tony Biglen UD 10 1992年9月30日 アメリカ合衆国の旗 ニューヨーク州バッファロー
94 負 85–9 アメリカ合衆国の旗 Pat Lawlor TKO 6 (10), 1:50 1991年3月18日 アメリカ合衆国の旗 ネバダ州パラダイス
93 負 85–8 アメリカ合衆国の旗 シュガー・レイ・レナード UD 12 1989年12月7日 アメリカ合衆国の旗 ネバダ州パラダイス WBCスーパーミドル級
92 勝 85–7 アメリカ合衆国の旗 アイラン・バークレー SD 12 1989年2月24日 アメリカ合衆国の旗 ニュージャージー州アトランティックシティ WBCミドル級獲得
91 勝 84–7 アメリカ合衆国の旗 Jeff Lanas SD 10 1988年10月1日 アメリカ合衆国の旗 イリノイ州シカゴ
90 勝 83–7 アメリカ合衆国の旗 ポール・ソーン RTD 6 (10), 3:00 1988年4月14日 アメリカ合衆国の旗 ニュージャージー州アトランティックシティ
89 勝 82–7 アメリカ合衆国の旗 Ricky Stackhouse UD 10 1988年2月5日 アメリカ合衆国の旗 ニュージャージー州アトランティックシティ
88 勝 81–7 パラグアイの旗 フアン・カルロス・ヒメネス・フェレイラ UD 10 1987年9月12日 アメリカ合衆国の旗 フロリダ州マイアミビーチ
87 勝 80–7 プエルトリコの旗 Victor Claudio UD 10 1987年5月16日 アメリカ合衆国の旗 フロリダ州マイアミビーチ
86 負 79–7 アメリカ合衆国の旗 ロビー・シムズ SD 10 1986年6月23日 アメリカ合衆国の旗 ネバダ州パラダイス
85 勝 79–6 ドミニカ共和国の旗 Jorge Suero KO 2 (10), 1:45 1986年4月18日 パナマの旗 パナマ市
84 勝 78–6 コロンビアの旗 Manuel Zambrano KO 2 (10), 2:57 1986年1月31日 パナマの旗 パナマ市
83 負 77–6 アメリカ合衆国の旗 トーマス・ハーンズ TKO 2 (12) 1984年6月15日 アメリカ合衆国の旗 ネバダ州パラダイス WBCスーパーウェルター級
82 負 77–5 アメリカ合衆国の旗 マービン・ハグラー UD 15 1983年11月10日 アメリカ合衆国の旗 ネバダ州パラダイス WBA・WBC・IBF統一ミドル級
81 勝 77–4 アメリカ合衆国の旗 デビー・ムーア TKO 8 (15), 2:02 1983年6月16日 アメリカ合衆国の旗 ニューヨークマディソン・スクエア・ガーデン WBAスーパーウェルター級
80 勝 76–4 メキシコの旗 ホセ・クエバス TKO 4 (12), 2:26 1983年1月29日 アメリカ合衆国の旗 カリフォルニア州ロサンゼルス
79 勝 75–4 イギリスの旗 ジミー・バッテン UD 10 1982年11月12日 アメリカ合衆国の旗 フロリダ州マイアミ
78 負 74–4 イギリスの旗 カークランド・レイン SD 10 1982年9月4日 アメリカ合衆国の旗 ミシガン州デトロイト
77 負 74–3 プエルトリコの旗 ウィルフレド・ベニテス UD 15 1982年1月30日 アメリカ合衆国の旗 ネバダ州パラダイス WBCスーパーウェルター級
76 勝 74–2 イタリアの旗 Luigi Minchillo UD 10 1981年9月26日 アメリカ合衆国の旗 ネバダ州パラダイス
75 勝 73–2 アメリカ合衆国の旗 Nino Gonzalez UD 10 1981年8月9日 アメリカ合衆国の旗 オハイオ州クリーブランド
74 負 72–2 アメリカ合衆国の旗 シュガー・レイ・レナード TKO 8 (15), 2:44 1980年11月25日 アメリカ合衆国の旗 ルイジアナ州ニューオーリンズ WBCウェルター級
73 勝 72–1 アメリカ合衆国の旗 シュガー・レイ・レナード UD 15 1980年6月20日 カナダの旗 ケベック州モントリオール WBCウェルター級獲得
72 勝 71–1 エクアドルの旗 Wellington Wheatley TKO 6 (10) 1980年2月24日 アメリカ合衆国の旗 ネバダ州パラダイス
71 勝 70–1 ノルウェーの旗 Joseph Nsubuga RTD 4 (10), 3:00 1980年1月13日 アメリカ合衆国の旗 ネバダ州パラダイス
70 勝 69–1 アメリカ合衆国の旗 Zeferino Gonzalez UD 10 1979年9月28日 アメリカ合衆国の旗 ネバダ州パラダイス
69 勝 68–1 メキシコの旗 カルロス・パロミノ UD 10 1979年6月22日 アメリカ合衆国の旗 ニューヨークマディソン・スクエア・ガーデン
68 勝 67–1 アメリカ合衆国の旗 Jimmy Heair UD 10 1979年4月8日 アメリカ合衆国の旗 ネバダ州パラダイス
67 勝 66–1 アメリカ合衆国の旗 Monroe Brooks KO 8 (12), 1:59 1978年12月8日 アメリカ合衆国の旗 ニューヨークマディソン・スクエア・ガーデン
66 勝 65–1 コスタリカの旗 Ezequiel Obando KO 2 (10), 1:09 1978年9月1日 パナマの旗 パナマ市
65 勝 64–1 プエルトリコの旗 アドルフォ・ピルエト UD 10 1978年4月27日 アメリカ合衆国の旗 ニューヨークマディソン・スクエア・ガーデン
64 勝 63–1 プエルトリコの旗 エステバン・デ・ヘスス TKO 12 (15), 2:32 1978年1月21日 アメリカ合衆国の旗 ネバダ州パラダイス 防衛12 WBAライト級
63 勝 62–1 プエルトリコの旗 エドウィン・バーイット UD 15 1977年9月17日 アメリカ合衆国の旗 ペンシルベニア州フィラデルフィア 防衛11 WBAライト級
62 勝 61–1 ドミニカ共和国の旗 Bernardo Diaz KO 1 (10), 1:29 1977年8月6日 パナマの旗 パナマ市
61 勝 60–1 アメリカ合衆国の旗 Javier Muniz UD 10 1977年5月16日 アメリカ合衆国の旗 メリーランド州ランドバー
60 勝 59–1 ドミニカ共和国の旗 Vilomar Fernandez KO 13 (15), 2:10 1977年1月29日 アメリカ合衆国の旗 フロリダ州マイアミビーチ 防衛10 WBAライト級
59 勝 58–1 コスタリカの旗 Alvaro Rojas KO 1 (15), 2:17 1976年10月15日 アメリカ合衆国の旗 フロリダ州ペンブロークパインズ 防衛9 WBAライト級
58 勝 57–1 コロンビアの旗 Emiliano Villa TKO 7 (10), 2:00 1976年1月31日 パナマの旗 パナマ市
57 勝 56–1 イタリアの旗 Lou Bizzarro KO 14 (15), 2:15 1976年5月23日 アメリカ合衆国の旗 ペンシルベニア州エリー 防衛8 WBAライト級
56 勝 55–1 アメリカ合衆国の旗 サウール・マンビー UD 10 1976年5月4日 アメリカ合衆国の旗 フロリダ州マイアミビーチ
55 勝 54–1 メキシコの旗 Leoncio Ortiz KO 15 (15), 2:39 1975年12月20日 プエルトリコの旗 サンフアン 防衛7 WBAライト級
54 勝 53–1 プエルトリコの旗 エドウィン・バーイット UD 10 1975年9月30日 アメリカ合衆国の旗 ニューヨーク州ヘンプステッド
53 勝 52–1 ベネズエラの旗 Alirio Acuna KO 3 (10) 1975年9月13日 パナマの旗 チトレ
52 勝 51–1 ニカラグアの旗 Pepe El Toro KO 1 (10), 2:00 1975年8月2日 ニカラグアの旗 マナグア
51 勝 50–1 プエルトリコの旗 Jose Peterson TKO 1 (10), 1:02 1975年6月3日 アメリカ合衆国の旗 フロリダ州マイアミビーチ
50 勝 49–1 アメリカ合衆国の旗 レイ・ランプキン KO 14 (15), 0:39 1975年3月2日 パナマの旗 パナマ市 防衛6 WBAライト級
49 勝 48–1 コロンビアの旗 Andres Salgado KO 1 (10), 1:00 1975年2月15日 パナマの旗 パナマ市
48 勝 47–1 日本の旗 高山将孝 KO 1 (15), 1:40 1974年12月21日 コスタリカの旗 サンホセ 防衛5 WBAライト級
47 勝 46–1 コロンビアの旗 Adalberto Vanegas KO 1 (10) 1974年11月16日 パナマの旗 パナマ市
46 勝 45–1 コロンビアの旗 Jose Vasquez KO 2 (10) 1974年10月31日 コスタリカの旗 サンホセ
45 勝 44–1 プエルトリコの旗 Hector Matta UD 10 1974年9月2日 プエルトリコの旗 サンフアン
44 勝 43–1 フィリピンの旗 Flash Gallego TKO 7 (10), 2:35 1974年1月6日 パナマの旗 パナマ市
43 勝 42–1 プエルトリコの旗 エステバン・デ・ヘスス KO 11 (15), 1:11 1974年3月16日 パナマの旗 パナマ市 防衛4 WBAライト級
42 勝 41–1 ベネズエラの旗 Armando Mendoza TKO 3 (10), 1:50 1974年2月16日 パナマの旗 パナマ市
41 勝 40–1 フランスの旗 Leonard Tavarez TKO 4 (10) 1974年1月21日 フランスの旗 パリ
40 勝 39–1 プエルトリコの旗 Tony Garcia KO 3 (10) 1973年12月1日 パナマの旗 サンチアゴ
39 勝 38–1 日本の旗 ガッツ石松 TKO 10 (15), 2:10 1973年9月8日 パナマの旗 パナマ市 防衛3 WBAライト級
38 勝 37–1 アメリカ合衆国の旗 Doc McClendon UD 10 1973年8月4日 プエルトリコの旗 サンフアン
37 勝 36–1 オーストラリアの旗 ヘクター・トンプソン TKO 8 (15), 2:15 1973年6月2日 パナマの旗 パナマ市 防衛2 WBAライト級
36 勝 35–1 メキシコの旗 Gerardo Ferrat TKO 2 (10), 2:45 1973年4月14日 パナマの旗 パナマ市
35 勝 34–1 メキシコの旗 Javier Ayala UD 10 1973年3月17日 アメリカ合衆国の旗 カリフォルニア州ロサンゼルス
34 勝 33–1 メキシコの旗 Juan Medina TKO 7 (10), 1:22 1973年2月22日 アメリカ合衆国の旗 カリフォルニア州ロサンゼルス
33 勝 32–1 アメリカ合衆国の旗 Jimmy Robertson KO 5 (15) 1973年1月20日 パナマの旗 パナマ市 防衛1 WBAライト級
32 負 31–1 プエルトリコの旗 エステバン・デ・ヘスス UD 10 1972年11月17日 アメリカ合衆国の旗 ニューヨークマディソン・スクエア・ガーデン
31 勝 31–0 メキシコの旗 Lupe Ramirez KO 1 (10), 3:03 1972年10月28日 パナマの旗 パナマ市
30 勝 30–0 アメリカ合衆国の旗 Greg Potter KO 1 (10), 1:58 1972年9月2日 パナマの旗 パナマ市
29 勝 29–0 イギリスの旗 ケン・ブキャナン TKO 13 (15) 1972年6月26日 アメリカ合衆国の旗 ニューヨークマディソン・スクエア・ガーデン WBAライト級獲得
28 勝 28–0 メキシコの旗 Francisco Munoz TKO 1 (10), 2:34 1972年3月10日 パナマの旗 パナマ市
27 勝 27–0 キューバの旗 Angel Robinson Garcia UD 10 1972年1月15日 パナマの旗 パナマ市
26 勝 26–0 日本の旗 小林弘 KO 7 (10), 0:30 1971年10月16日 パナマの旗 パナマ市
25 勝 25–0 プエルトリコの旗 Benny Huertas TKO 1 (10), 1:06 1971年9月13日 アメリカ合衆国の旗 ニューヨークマディソン・スクエア・ガーデン
24 勝 24–0 メキシコの旗 Fermin Soto TKO 3 (10) 1971年1月18日 メキシコの旗 モンテレイ
23 勝 23–0 アメリカ合衆国の旗 Lloyd Marshall TKO 6 (10), 1:37 1971年5月29日 パナマの旗 パナマ市
22 勝 22–0 ベネズエラの旗 Jose Acosta KO 1 (10), 1:55 1971年3月21日 パナマの旗 パナマ市
21 勝 21–0 メキシコの旗 Jose Angel Herrera KO 6 (10) 1971年1月10日 メキシコの旗 モンテレイ
20 勝 20–0 メキシコの旗 Ignacio Castaneda TKO 3 (10) 1970年10月18日 パナマの旗 パナマ市
19 勝 19–0 コスタリカの旗 Marvin Castaneda KO 1 (10), 1:30 1970年9月5日 パナマの旗 プエルト・アルムエエス
18 勝 18–0 メキシコの旗 Clemente Mucino KO 6 (10), 2:18 1970年1月18日 パナマの旗 コロン
17 勝 17–0 パナマの旗 エルネスト・マルセル TKO 10 (10) 1970年5月16日 パナマの旗 パナマ市
16 勝 16–0 メキシコの旗 Felipe Torres UD 10 1970年3月28日 メキシコの旗 メキシコシティ
15 勝 15–0 パナマの旗 Luis Patino KO 8 (10) 1969年11月23日 パナマの旗 パナマ市
14 勝 14–0 パナマの旗 Serafin Garcia TKO 5 (8) 1969年9月21日 パナマの旗 パナマ市
13 勝 13–0 パナマの旗 Adolfo Osses TKO 7 (8) 1969年6月22日 パナマの旗 パナマ市
12 勝 12–0 パナマの旗 Jacinto Garcia TKO 4 (8) 1969年5月18日 パナマの旗 パナマ市
11 勝 11–0 パナマの旗 Eduardo Frutos UD 6 1969年2月1日 パナマの旗 パナマ市
10 勝 10–0 パナマの旗 Alberto Brand TKO 4 (6), 2:50 1969年1月19日 パナマの旗 パナマ市
9 勝 9–0 パナマの旗 Carlos Howard TKO 1 (6) 1968年12月7日 パナマの旗 パナマ市
8 勝 8–0 パナマの旗 Juan Gondola KO 2 (6) 1968年11月16日 パナマの旗 コロン
7 勝 7–0 パナマの旗 Cesar De Leon KO 1 (6), 1:20 1968年9月22日 パナマの旗 パナマ市
6 勝 6–0 パナマの旗 Leroy Carghill KO 1 (6) 1968年8月25日 パナマの旗 パナマ市
5 勝 5–0 パナマの旗 Enrique Jacobo KO 1 (6) 1968年8月10日 パナマの旗 パナマ市
4 勝 4–0 パナマの旗 Eduardo Morales KO 1 (4), 3:00 1968年6月30日 パナマの旗 パナマ市
3 勝 3–0 パナマの旗 Manuel Jimenez KO 1 (4) 1968年6月15日 パナマの旗 コロン
2 勝 2–0 パナマの旗 Juan Gondola KO 1 (4) 1968年5月14日 パナマの旗 コロン
1 勝 1–0 パナマの旗 Carlos Mendoza UD 4 1968年2月23日 パナマの旗 コロン プロデビュー

脚注

  1. ニカラグアの英雄だったが、最後は自殺で死亡している
  2. モハメド・アリと並ぶボクシング界の大スターで、ヘビー級のタイトルマッチでは、たびたびゲストで呼ばれていた
  3. シュガー・レイVSデュラン 2023年2月6日閲覧
  4. デュランに罰金 「ファイト」ないと 読売新聞 1980年11月28日朝刊17ページ
  5. 強打で知られ、ヒットマン・ハーンズのニックネームをつけられた
  6. 後年、射殺される悲劇に見舞われた
  7. ボクシング・マガジン編集部 『日本プロボクシング史 世界タイトルマッチで見る50年』 ベースボール・マガジン社、2002年、237、239頁

関連項目

外部リンク

前王者
ケン・ブキャナン
WBA世界ライト級王者

1972年6月26日 - 1979年(返上)

空位
次タイトル獲得者
エルネスト・エスパーニャ
前王者
エステバン・デ・ヘスス
WBC世界ライト級王者

1978年1月21日 - 1979年(返上)

空位
次タイトル獲得者
ジム・ワット
前王者
シュガー・レイ・レナード
WBC世界ウェルター級王者

1980年6月20日 - 1980年11月25日

次王者
シュガー・レイ・レナード
前王者
デビー・ムーア
WBA世界ジュニアミドル級王者

1983年6月16日 - 1984年(剥奪)

空位
次タイトル獲得者
マイク・マッカラム
前王者
アイラン・バークレー
WBC世界ミドル級王者

1989年2月24日 - 1990年(剥奪)

空位
次タイトル獲得者
ジュリアン・ジャクソン
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