ヴァシリコ・ブリャチスラヴィチ (ヴィテプスク公・12世紀末)
ヴァシリコ・ブリャチスラヴィチ(ロシア語: Василько Брячиславич、? - 1209年以降)は、ヴィテプスク公ブリャチスラフの子である。ヴィテプスク公(在位:1186年 - ?)。
| ヴァシリコ・ブリャチスラヴィチ Василько Брячиславич | |
|---|---|
| ヴィテプスク公 | |
| 在位 | 1186年 - ? |
| 死去 |
1209年以降 |
| 配偶者 | スモレンスク公ダヴィドの娘 |
| 子女 |
ブリャチスラフ リュバヴァ |
| 家名 | リューリク家 |
| 父親 | ヴィテプスク公ブリャチスラフ |
生涯
1180年、父ブリャチスラフと共にドルツクを包囲した(ru)。1186年、義父のスモレンスク公ダヴィド、ドルツク公フセスラフ、ロゴジュスク公ヴァシリコ(be)らの支援を得てヴィテプスク公位に就いた。1196年にはオレグ家と共闘してスモレンスク公国軍を破った(ルーシ内戦 (1195年 - 1196年))。
1209年、ヴァシリコの娘がウラジーミル大公フセヴォロドの後妻となった。タチシチェフ(ru)、ウォイトウィチ(uk)らの説では、娘の名はリュバヴァとされている。また、ブリャチスラフという息子の存在が知られている。
参考文献
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