ヴァンシーの戦い

ヴァンシーの戦い(ヴァンシーのたたかい、フランス語: Bataille de Vinchy、現在のレ・ルー=ドヴィグレ(Les Rues-des-Vignes)にあたる)は、717年3月21日フランク王国で起こった戦い。715年から718年にかけて、現在のノール県にあるカンブレーの近くで行われたフランク王国内戦の戦いの1つである。一方はアウストラシア宮宰カール・マルテルアウストラシア人、もう一方はフランク王キルペリク2世ラガンフリドの間で争われた。

当時のフランク王国

716年アンブレーヴの戦いの後、キルペリクとラガンフリドは敗れてネウストリアに戻ってきた。カール・マルテルは、一度に彼らを追いかけるのではなく、以降の人生で繰り返しカール・マルテルが使うことになる戦術をここでも使用した。カール・マルテルはより多くの兵を集めて準備する時間をとってから、本格的に降下した。翌年の春、マルテルはネウストリア軍と対峙できるだけの支持を集めていた。[1]

マルテルは、自身の選んだ場所と時間で、キルペリクらを挑発して戦わせた。マルテルはやがて彼らを追いかけ、717年3月21日にヴァンシーで大打撃を与えた。マルテルは、逃げるキルペリクたちをパリまで追いかけた。キルペリクはアキテーヌ公ウードのもとまで逃れた。

この成功を受けて、マルテルはキルペリクに対抗してクロタール4世をアウストラシアの王として宣言し、ランスの司教リゴベールを退けてミロという人物に交代させた。敗れたキルペリク2世とラガンフリドは、この戦いで実質的に破滅した。

脚注

参考文献

  • Oman, Charles. The Dark Ages, 476918. London: Rivingtons, 1914.
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