ジグナル・イドゥナ・パルク

ジグナル・イドゥナ・パルク(Signal Iduna Park, [zɪɡˌnaːl ʔiˈduːnaː ˌpaʁk][4])は、ヴェストファーレンシュタディオン(Westfalenstadion, [vɛstˈfaːlnˌʃtaːdi̯ɔn])としても知られるドイツ・ドルトムントのサッカー専用スタジアム。ボルシア・ドルトムントのホームスタジアムとして使用されている。UEFA大会ではBVBスタジアム・ドルトムント(BVB Stadion Dortmund)として知られる。

ジグナル・イドゥナ・パルク
Signal Iduna Park
ヴェストファーレンシュタディオン
Westfalenstadion


UEFA 4/4stars
ジグナル・イドゥナ・パルクの位置(ノルトライン=ヴェストファーレン州内)
ジグナル・イドゥナ・パルク
施設情報
所在地 ドイツ・ドルトムント
位置 北緯51度29分33秒 東経7度27分06秒
起工 1971年-1974年
開場 1974年4月2日
修繕 1992年, 1995年-1999年, 2002年-2003年, 2006年
グラウンド 天然芝
ピッチサイズ 105m x 68m
建設費 3270万マルク(1974年建設時)
2億ユーロ(2006年改修)
設計者 Planungsgruppe Drahtler
旧称
ヴェストファーレンシュタディオン
使用チーム、大会
ボルシア・ドルトムント
1974 FIFAワールドカップ
2006 FIFAワールドカップ
収容人員
80.720人(座席:55,700、立見:25,020)[1]
65.614(全座席,国際試合,UCL)[2]
アクセス

ドルトムント市内電車:U45ヴェストファーレン=シュタディオン停留場(臨時駅)、U45及びU46ヴェストファーレンハレン停留場、U42テオドール=フリードナー=ハイム停留場[3]

ドイツ鉄道:ドルトムント・ジグナル=イドゥナ=パルク駅

名称

旧称ヴェストファーレンシュタディオン(Westfalenstadion)は「ヴェストファーレン・スタジアム」という意味のドイツ語である。ヴェストファーレンは、スタジアムの所在地であるノルトライン=ヴェストファーレン州東部が旧ヴェストファーレン州(ヴェストファーレン地方)であることに由来している。かつてのドイツザクセン公国時代、国の西半分を「ヴェストファーレン(西ファーリア)」と呼んでいたことから、ワールドカップのスタジアム建設時の国名「西ドイツ」を古風に表した命名にもなっている。

2005年に、ドイツの大手生命保険会社ジグナル・イドゥナが命名権を買収し、「ジグナル・イドゥナ・パルク」に改名された。

歴史

1974年、西ドイツW杯の会場として完成。収容人員数は68,600人(改修により、83,000人に増員された)で、ドイツ・ブンデスリーガ・ボルシア・ドルトムントのホームスタジアム(本拠地)として使用されている他、ドイツ代表をはじめとした国際試合でも度々使用され、日韓W杯ヨーロッパ予選のプレーオフ・ウクライナ戦などが開催された。

2006年のドイツW杯では、グループリーグの日本対ブラジル戦や準決勝ドイツ対イタリアなど、6試合がこのスタジアムで開催された。この際、FIFA主催の国際大会のルールにより、「FIFAワールドカップスタジアム・ドルトムント」と呼ばれた。

特徴

このスタジアムの名物はホーム側ゴール裏スタンド。全て立ち見席であり、このスタンドだけで22,000人を収容できる。ドルトムントが試合を行うと、この一角は黄色いユニフォームを纏ったサポーターで一面びっしりと埋まるため、ゲルベ・ヴァント(die gelbe Wand、黄色い壁)と呼ばれる。2014-15シーズンにはドルトムントが平均観客動員数が80,463人で欧州一となった。

ギャラリー

脚注

  1. Borussia Dortmund. “Der Signal Iduna Park”. 2010年11月11日閲覧。
  2. Borussia Dortmund. “Noch Karten auf fast allen Tribünen für das Europa-League-Spiel gegen Sevilla”. 2010年9月28日閲覧。
  3. “Übersichtkarte Wege zum Signal-Iduna-Park” (PDF). 2013年5月17日閲覧。
  4. “BVB spielt bis 2021 im "Signal-Iduna-Park"” [BVB to play until 2021 in "Signal Iduna Park"] (ドイツ語). Ruhr Nachrichten (2012年5月9日). 2012年5月9日閲覧。

外部リンク

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