一龍斎貞丈
一龍斎 貞丈(いちりゅうさい ていじょう)は、講釈師の名跡。元は昇龍斎貞丈といった。五代目以降一龍斎貞丈。
5代目
| 五代目 | |
![]() 五代目貞丈(1955年) | |
| 本名 | |
|---|---|
| 生年月日 | 1906年8月13日 |
| 没年月日 | 1968年7月27日(61歳没) |
| 出身地 | |
| 師匠 | 四代目昇龍斎貞丈 六代目一龍斎貞山 |
| 弟子 | 一龍斎貞鳳 六代目一龍斎貞丈 六代目一龍斎貞水 |
| 名跡 | 1. 昇龍斎貞一 (1925年 - 1932年) 2. 五代目一龍斎貞丈 (1932年 - 1968年) |
| 活動期間 | 1925年 - 1968年 |
| 活動内容 | 講談師 |
| 家族 | 六代目一龍斎貞丈(実子) 初代山遊亭金太郎(実弟) 五代目宝井馬琴(従兄弟) |
| 受賞歴 | |
| 芸術祭賞奨励賞(1963年) | |
五代目 一龍斎 貞丈(1906年8月13日 - 1968年7月27日)は、講談師。本名:柳下 政雄。
経歴
1906年8月13日、三重県に生まれる。早稲田実業在学中に講談師に憧れる。
1925年、四代目昇龍斎貞丈に入門し、「貞一」を名乗る。
1930年4月に真打昇進。1931年12月に師匠の急逝を受け、六代目一龍斎貞山の預かり弟子になる。1932年3月、「五代目一龍斎貞丈」を襲名。なお、屋号を「昇龍斎」から「一龍斎」に変えたのは、当時落語協会の会長までつとめて勢力をふるっていた、貞山にあやかるためだという[2]。
芸歴
人物
早稲田実業に学んだ、当時の講談界としては珍しいインテリ。新作の会も積極的に発表その数は百数十回を超える。
6代目
| 六代目 | |
![]() | |
| 本名 | |
|---|---|
| 生年月日 | 1928年9月2日 |
| 没年月日 | 2003年10月1日(75歳没) |
| 出身地 | |
| 死没地 | |
| 師匠 | 五代目一龍斎貞丈 |
| 弟子 | 五代目一龍斎貞花 一龍斎貞心 |
| 名跡 | 1. 四代目一龍斎貞花 (1948年 - 1969年) 2. 六代目一龍斎貞丈 (1969年 - 2003年) |
| 出囃子 | 刻太鼓 |
| 活動期間 | 1947年 - 2003年 |
| 活動内容 | 講談師 |
| 家族 | 五代目一龍斎貞丈(父) |
| 所属 | 講談協会 落語協会 |
| 公式サイト | 一龍斉 貞丈 |
| 備考 | |
| 元講談協会会長 | |
六代目 一龍斎貞丈(1928年9月2日 - 2003年10月1日)は講談師。元講談協会会長で、落語協会にも所属した。父は五代目一龍斎貞丈。本名:柳下 基一。出囃子は『刻太鼓』。
経歴
1928年9月2日、神奈川県横浜市に五代目一龍斎貞丈の息子として生まれる。法政大学商学科卒業。
1947年4月、父である五代目一龍斎貞丈に入門。翌年12月に前座となり「四代目一龍斎貞花」を名乗る。
1951年11月に二ツ目昇進。
芸歴
脚注
一龍斎貞丈 (5代目)に関するカテゴリ:
- 講談師
- 三重県出身の人物
- 1906年生
- 1968年没
一龍斎貞丈 (6代目)に関するカテゴリ:
- 講談師
- 法政大学出身の人物
- 横浜市出身の人物
- 1928年生
- 2003年没
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