三上治
人物
三重県四日市市生まれ。三重県立四日市高等学校卒業。1960年中央大学法学部政治学科に入学し、安保闘争に参加。1962年、再建された社会主義学生同盟の全国委員長になる。1966年中央大学中退、第二次ブントに加わり、全共闘運動やベトナム反戦闘争にも加わる。1969年ブント内部の党派闘争で統一派として赤軍派と対立する。
1969年4月28日の沖縄闘争で指名手配され、9月に逮捕。1970年一旦保釈されるが、保釈取り消しで東京拘置所に入所。この間、神津陽と共に共産主義者同盟叛旗派をつくり、同派のリーダーとなる。
1975年叛旗派を辞め、政治的実践活動から退く。その後、雑誌『乾坤』を創刊し、執筆活動に転じる。1991年編集校正集団聚珍社の結成に参画、1999年から2005年まで代表取締役を務める。
著書
脚注
- 「三島・角栄・江藤淳』著者紹介
外部リンク
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