三重県立志摩高等学校
三重県立志摩高等学校(みえけんりつしまこうとうがっこう)は、三重県志摩市に所在する公立の高等学校。通称「志摩高(しまこう)」。全国的ではないが、かつて全国高等学校ラグビーフットボール大会へ出場したことのあるラグビー部などの強豪部活で知られている。近鉄志摩線 志摩磯部駅より徒歩で約15分。三重交通バス 磯部バスセンターより徒歩で約10分。
| 三重県立志摩高等学校 | |
|---|---|
![]() 校門(2018年2月撮影) | |
北緯34度22分34.36秒 東経136度48分2.74秒 | |
| 過去の名称 |
三重県鵜方高等学校 三重県磯部高等学校 |
| 国公私立の別 | 公立学校 |
| 設置者 |
|
| 学区 |
南部学区 全国募集枠 (2名)あり |
| 校訓 | 自立・協調・敬愛 |
| 設立年月日 | 1948年(昭和23年)8月1日 |
| 創立記念日 | 4月1日 |
| 共学・別学 | 男女共学 |
| 課程 | 全日制課程 |
| 単位制・学年制 | 学年制 |
| 設置学科 | 普通科 |
| 学科内専門コース |
国際コース 情報処理コース |
| 学期 | 3学期制 |
| 学校コード | D124210050481 |
| 高校コード | 24142D |
| 所在地 | 〒517-0209 |
| 外部リンク | 公式ウェブサイト |

設置学科
- 普通科(6学級)
- 国際コース
- 情報事務コース
- 教養一般コース
沿革
年表
- 1948年(昭和23年)
- 1949年(昭和24年)
- 1950年(昭和25年)4月 - 志摩高校磯部校舎が三重県磯部高等学校として独立。同年度中に校地整理が完了し、管理棟と第1棟が完成。
- 1951年(昭和26年) - 鵜方高校の新校地・新校舎建設が開始[2]。
- 1952年(昭和27年)3月3日 - 鵜方高校の新校舎(管理棟・第1棟)が完成[1]。
- 1953年(昭和28年) - 磯部高校の第2棟が完成[3]。
- 1954年(昭和29年)
- 1955年(昭和30年)
- 1957年(昭和32年) - 校歌制定[6]。
- 1962年(昭和37年)8月 - 第1体育館が竣工[6]。
- 1964年(昭和39年)11月 - 光風寮の増改築が完了[6]。
- 1966年(昭和41年)5月 - 運動場拡張工事が完了[6]。
- 1970年(昭和45年)3月 - 武道館とクラブハウスが竣工[6]。
- 1975年(昭和50年)3月 - 光風寮を廃止[6]。
- 1978年(昭和53年)3月 - 特別教室棟竣工[6]。
- 1980年(昭和55年)3月 - 校門・前庭が完成[6]。
- 1981年(昭和56年)6月 - 相撲場の建設と運動場の拡張[6]。
- 1982年(昭和57年)3月 - 第2体育館が竣工[6]。
- 1987年(昭和62年)3月 - 第2グラウンド完成[6]。
- 1989年(平成元年)1月 - 運動場に照明設備を導入[6]。
- 1996年(平成8年)4月1日 - 普通科に国際コース設置。
- 1999年(平成11年)10月6日 - 創立50周年記念式典挙行。
- 2014年(平成26年)4月 - 朝の十分間読書活動や図書委員のお勧め図書を学級文庫に配架する取り組みが評価され、「子どもの読書活動優秀実践校」として文部科学大臣表彰を受ける[8]。
開校の経緯
三重県では1948年(昭和23年)5月に新制高等学校が発足し、当時の志摩郡では鳥羽高等女学校(現在の三重県立鳥羽高等学校)と志摩水産学校(現在の三重県立水産高等学校)が新制高校へ移行した[9]。しかし、この2校は郡の北端と南端に位置するため、郡の中央部にも高校を設置してほしいという要望が挙がった[9]。そこで、「志摩新学制実施協議会」が郡内27町村の首長、町村議会代表者、公立学校の校長代表者らを委員として結成され、中央部に志摩郡27町村組合立、定時制課程の普通科高校が三重県の許可の下で設置されることとなった[9]。
学校設置ではまとまったものの、その位置では磯部村と鵜方村の間で誘致合戦となり、最終的には、通学距離を勘案して鵜方村に建てられることが決定、三重県鵜方高等学校として1948年(昭和23年)8月に開校した[9]。この決定に不満を持った磯部村では村立による高校を設置することにし、1949年(昭和24年)4月に全日制課程の普通科と農業科を有する三重県志摩高等学校磯部校舎[注 3]を設立した[3]。さらに翌1950年(昭和25年)4月には三重県磯部高等学校として独立、順次校地や設備を整えていった[3]。
その後、磯部高校と鵜方高校の間で合意が結ばれ、1954年(昭和29年)4月1日に両校は三重県志摩高等学校として統合された[3]。ただし、校地をどちらにするかはまだ決着せず、暫定的に旧磯部高校を北校舎、旧鵜方高校を南校舎として、北校舎に全日制課程2・3年生と定時制課程の生徒を、南校舎に全日制課程1年生を収容することにした[7]。当時、三重県立高校設置には高校所在地の市町村が校舎を建設して三重県に寄付しなければならないという規定があり、校舎建設に意欲的であった磯部村に集約されることが決定、現在の校地に落ち着くこととなった[7]。これに伴い、南校舎は1955年(昭和30年)9月1日をもって閉校となった[7]。
学校行事
一覧
部活動
脚注
注釈
- 現在の鵜方公民館の位置。
- 後に文岡中学校の一部となる。
- 三重県志摩高等学校は鳥羽校舎(県立、現在の鳥羽高校)と磯部校舎(村立、現在の志摩高校)からなり、校長は鳥羽校舎に配置された。
- この事実は『広報しま』でも取り上げられたことがある。
出典
- 磯部町史編纂委員会 編(1997):66ページ
- 磯部町史編纂委員会 編(1997):63ページ
- 磯部町史編纂委員会 編(1997):63ページ
- 磯部町史編纂委員会 編(1997):69ページ
- 磯部町史編纂委員会 編(1997):64 - 65ページ
- 磯部町史編纂委員会 編(1997):67ページ
- 磯部町史編纂委員会 編(1997):65ページ
- 丸山崇志「志摩高に大臣表彰 読書活動を評価し文科省 図書委員 取り組みに貢献」中日新聞2014年5月22日付朝刊、伊勢志摩版18ページ
- 磯部町史編纂委員会 編(1997):62ページ
- 志摩市市長公室 編『広報しま 2016年12月号』Vol.202、志摩市市長公室、2016年12月、27p.(26ページより)
- 荻野好弘"ぶんか部物語 志摩高校 美術部(三重県志摩市) 「地域貢献」街に彩りを"朝日新聞2015年9月29日付朝刊、地域総合面32ページ
- “出口栄太郎 プロフィール”. 日本ゴルフツアー機構. 2023年6月19日閲覧。
- 出口 榮太郎選手のプロフィール
- “志摩びとだよりVol.④”. 志摩市応援倶楽部志摩びとの会事務局 (2008年2月28日). 2020年12月26日閲覧。
- 斎藤慎一郎 (2020年3月5日). “新潟食農大ラグビー部・谷崎重幸監督”. 日刊スポーツ. 2020年12月26日閲覧。
- 三重県立志摩高等学校"三重県立志摩高等学校/学校概要"(2011年6月28日閲覧。)
- PHP研究所
参考文献
- 磯部町史編纂委員会 編『磯部町史 下巻』磯部町、平成9年9月1日、1340pp.

