三野 園生(みの の そのき、生没年不詳)は、奈良時代の人物。姓は臣。備前国津高郡津高郷の人。
三野氏(三野臣)は三野国造家で[1]、吉備氏の遠祖である御友別の子・弟彦を祖とする皇別氏族[2]。
宝亀7年(777年)12月11日付の備前国津高郡収税解に名が見え、税を払うため、田を売って稲17束を得たという[3]。