上林敬次郎
略歴
京都府に生まれる。上林松寿の二男として生まれ、上林繁の養子となる[1]。1886年(明治19年)に東京法学校(現:法政大学)を卒業し、同校が発行する雑誌の編集人などを務める。1894年(明治27年)、第1回文官高等試験に首席で合格し、法制局に配属され、のち大蔵省に移り大蔵省試補となる。以後、司税官、秋田税務管理局長、松江税務管理局長、松江税務監督局長、金沢税務監督局長、醸造試験所事務官、大蔵省臨時建築部事務官などを歴任した[1]。
1910年(明治43年)に朝鮮総督府専売局長、1916年(大正5年)に忠清南道長官、1918年(大正7年)に咸鏡北道知事を経て、1921年(大正10年)に李王職次官に就任する。1923年(大正12年)、高永根による李太王の建碑問題により引責辞任する[2]。
著書
- 『大日本帝国憲法精義』共著(時習社、1889)
- 『大日本帝国憲法附属法精義』共著(時習社、1889)
- 『日本郡制註解』(螢雪館、1890)
- 『日本商法通解』共著(時習社、1890)
- 『営業税法要義』(明法堂、1896)
脚注
- 『人事興信録』第6版、か123頁。
- 『朝鮮王公族』165頁
- 『官報』第7157号「叙任及辞令」1907年5月11日。
参考文献
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