下中屋村
下中屋村(しもなかやむら)はかつて岐阜県羽島郡に存在した村である。
| しもなかやむら 下中屋村 | |
|---|---|
| 廃止日 | 1897年4月1日 |
| 廃止理由 |
合併 大佐野村、松本村、上中屋村、下中屋村、成清村、神置村 → 中屋村 |
| 現在の自治体 | 各務原市 |
| 廃止時点のデータ | |
| 国 |
|
| 地方 | 中部地方、東海地方 |
| 都道府県 | 岐阜県 |
| 郡 | 羽島郡 |
| 市町村コード | なし(導入前に廃止) |
| 総人口 |
360人 (村明細帳[1]、1869年) |
| 下中屋村役場 | |
| 所在地 | 岐阜県羽島郡下中屋村 |
| ウィキプロジェクト | |
現在の各務原市稲羽地区下中屋町に該当する。
村名は、木曽川[2]の旧河道 と新(現)河道の間にできた屋敷村ということに、「上下」をつけて呼んだことによる。
発足時は羽栗郡の村であったが、郡の合併で羽島郡の村となった。
歴史
- かつてこの地域は尾張国葉栗郡であったが、1586年(天正14年)の大洪水により木曽川の流れが大きく変わり、新たな木曽川の北岸の地域は羽栗郡に改称され、美濃国に編入された。
- 江戸時代、この地域は旗本坪内氏領であった。
- 1872年(明治5年) - 大区小区制により、旧来の大佐野村、松本村、上中屋村、成清村、間嶋村[3]とで、岐阜県第2大区1小区を形成する。
- 1875年(明治8年)1月 - 下中屋村の一部(字伊八島)が松倉村[4]に編入される。
- 1878年(明治11年) - 郡区町村編制法の制定により大区小区制は廃止。
- 1889年(明治22年)7月1日 - 町村制により、下中屋村発足。
- 1897年(明治30年)4月1日[5] - 羽栗郡と中島郡が合併して羽島郡となる。当村は羽島郡の村となる。
- 1897年(明治30年)4月1日 - 松本村、上中屋村、大佐野村、成清村、神置村と合併し中屋村発足。同日下中屋村は廃止。
学校
- 敬格尋常小学校(現・各務原市立稲羽西小学校の前身校の一つ)
脚注
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