中原頼季
中原 頼季(なかはら の よりすえ)は、平安時代末期の貴族。淡路守・中原頼成の子。官位は従五位下・信濃権守。
凡例 中原頼季 | |
|---|---|
| 時代 | 平安時代後期 |
| 生誕 | 不明 |
| 死没 | 不明 |
| 官位 | 従五位下、信濃権守 |
| 主君 | 近衛天皇 |
| 氏族 | 中原氏 |
| 父母 | 父:中原頼成[1] |
| 子 | 平康頼 |
経歴
大学少允を経て、鳥羽院政期後期の康治元年(1142年)右少史に遷任する。右大史を経て、久安3年(1147年)正月に左大史まで昇任されるが、同年2月に春日行幸行事賞により従五位下に叙爵して官史を去った。のち、信濃権守として地方官を務めている。
官歴
注記のないものは『本朝世紀』による。
系譜
- 父:中原頼成
- 母:不詳
- 妻:不詳
- 男子:平康頼
脚注
- 頼成-頼季-康頼の親子関係は、『姓氏分脈』三十 中原姓(静嘉堂文庫蔵)による。但し、「中原系図」(『続群書類従』巻第165所収)によると頼成の没年は応徳元年(1084年)であることから、年代的に見て、頼季は頼成の孫の世代に属するとする見方もある(宝賀寿男『古代氏族系譜集成』古代氏族研究会,1986年による)。
- 『勅撰作者部類』平康頼条
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