中山徳治
中山 徳治(なかやま とくじ、1884年(明治17年)2月10日[1] - 1981年(昭和56年)11月7日[1])は、大日本帝国陸軍軍人。最終階級は陸軍中将。位階勲等功級は正四位勲二等功五級[2]
| 中山 徳治 | |
|---|---|
| 生誕 |
1884年2月10日 |
| 死没 | 1981年11月7日(97歳没) |
| 所属組織 |
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| 軍歴 | 1903年 - 1938年 |
| 最終階級 |
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経歴
1884年(明治17年)に福島県で生まれた[1]。陸軍士官学校第15期卒業[3]。1928年(昭和3年)に陸軍造兵廠火工廠作業課長に就任し[4]、1930年(昭和5年)に陸軍砲兵大佐に進級した[4]。1931年(昭和6年)に陸軍造兵廠総務部長に転じ[4]、1935年(昭和10年)3月に陸軍少将に進級[4]、陸軍造兵廠作業部長に就任[1]。
同年12月に陸軍造兵廠大阪工廠長に転じ[1]、1937年(昭和12年)に陸軍兵器本廠長と歴任[1]。1938年(昭和13年)3月1日に陸軍中将に進級し[4]、7月15日に待命[1]、7月27日に予備役に編入された[1]。
参考文献
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