中村勝雄
来歴
長崎市に生まれる[1]。生まれつき脳性麻痺により肢体が不自由であった[2][3]。
1981年、神奈川県立平塚養護学校高等部を卒業[1]。できる仕事として「体の特長を生かした個性派俳優」を着想し、複数の映画監督に採用を求める手紙を送る[2]。その中で木下惠介が反応を示し、脚本を教わることになった[2]。これが文筆業への契機となる[2]。
1983年に『ホワイトクリスタル』でATG映画脚本賞・佳作を受賞した。
2001年に『パラダイス・ウォーカー』で小学館ノンフィクション大賞・優秀賞を受賞した[1][3]。
結婚して授かった第一子はダウン症を持ち1歳2ヶ月で早世したが、その子どもとの交流を綴った『もう一度、抱きしめたい 脳性まひの僕に舞い降りたダウン星の王子さま』(東京新聞社)を刊行した[3]。
脚注
- プロフィール 作家 中村勝雄 - 公式ウェブサイト
- “脳性マヒ作家中村さん 「可能性 外で見つけて」”. タウンニュース 金沢区・磯子区版. (2013年12月5日) 2020年5月4日閲覧。
- 【東京新聞の本】もう一度、抱きしめたい 脳性まひの僕に舞い降りたダウン星の王子さま - 東京新聞社
外部リンク
This article is issued from Wikipedia. The text is licensed under Creative Commons - Attribution - Sharealike. Additional terms may apply for the media files.