中村爲昭
経歴
福岡県小倉市(現在の北九州市小倉北区)出身。1947年に旧制小倉中学校卒業[2]。1955年に京都大学大学院工学部を修了し、同年に住友金属工業に入社[1]。
小倉製鉄所所長、取締役、常務、鹿島製鉄所所長、専務を経て、1992年6月から1996年6月までに社長を務め、1996年6月から1998年6月までに副会長を務めた[1]。社長在任時には、円高に対応して、人員削減を中心としたリストラを実施した[3]。また、鹿島製鉄所所長在任時には新宮康男とともに住友金属工業蹴球団をJリーグに参加するために地域自治体への陳情活動を行っていた[4]。
脚注
- 人事興信所 1999, な138頁.
- 「理想は高く輝きて:小倉高校の百年/25 中村為昭さん」『毎日新聞』、2008年6月15日、地方版/福岡。
- 1996年 3月30日 日本経済新聞 朝刊 p9
- 鹿島アントラーズ誕生物語 | DRAMA Vol.07 | 鹿島アントラーズ オフィシャルサイト
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