丸井政亜
経歴
丸井善朗の長男として紀伊国(現和歌山県)に生まれ、1872年(明治5年)家督を相続する[1]。同年1月、陸軍歩兵中尉に任官する[3]。以来累進し、金州半島兵站司令官として日清戦争に出征したのち[2]、歩兵第5連隊長、台湾守備歩兵第3連隊長を経て、1897年(明治30年)10月、大佐に進んだ[3]。ついで歩兵第30連隊長、歩兵第27連隊長、歩兵第1連隊長を経て、1903年(明治36年)1月、陸軍少将に進級と同時に歩兵第20旅団長に補され日露戦争に出征[3]。大孤山に上陸し、柝木城、海城を攻略[2]。のち第4軍隷下として遼陽、沙河会戦を戦った[2]。奉天会戦直前の1906年(明治39年)2月、後備歩兵第16旅団長に転じ、同年7月に歩兵第25旅団長となった[3]。1909年(明治42年)1月、休職し、同年12月、後備役に編入した[2][3]。
脚注
- 人事興信所 1903, 764頁.
- 福川 2001, 688頁.
- 外山 1981, 37頁.
- 人事興信所 1928, イ96頁.
- 人事興信所 1928, オ111頁.
参考文献
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