久伊豆社 (白岡市)
歴史
創建年代は不明である。ただ当社近くの寿楽院が1571年(元亀2年)の開山であることから、その頃に創建されたものと推測される。当地は地元の武士団「野与党」の一族鬼窪氏の拠点であり、現在の当社氏子総代も鬼窪氏である[1]。
1875年(明治8年)、近代社格制度に基づく「村社」に列せられ、1913年(大正2年)の神社合祀により、周辺の3社が合祀された[1]。
当社には獅子舞が伝わっている。これは元々大正期に合祀された諏訪社に伝わっていたもので、1828年(文政2年)に武蔵国足立郡深作村(現・さいたま市見沼区深作)から伝わったものという。雨乞いのご利益があるとされている。現在は隔年ごとに「ささら獅子舞保存会」によって奉納される[1][2][3]。
文化財
- 小久喜の獅子舞(白岡市指定無形民俗文化財 昭和50年11月1日指定)[3]
交通アクセス
- 白岡駅より徒歩10分。
参考文献
- 埼玉県神社庁神社調査団 編『埼玉の神社 北足立・児玉・南埼玉』埼玉県神社庁、1998年
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