久修園院
久修園院(くしゅうおんいん)は、大阪府枚方市楠葉にある真言律宗の別格本山の寺院。行基四十九院の一つである。
| 久修園院 | |
|---|---|
| 所在地 | 大阪府枚方市楠葉中之芝2丁目46 |
| 位置 | 北緯34度52分41.5秒 東経135度40分56.6秒 |
| 山号 | 天王山 |
| 院号 | 久修園院 |
| 宗派 | 真言律宗 |
| 寺格 | 別格本山 |
| 本尊 | 釈迦如来立像 |
| 創建年 | 霊亀2年(716年) |
| 開山 | 行基 |
| 中興年 | 延宝8年(1680年) |
| 中興 | 宗覚律師 |
| 正式名 | 天王山木津寺久修園院 |
| 別称 | 釈迦堂、木津寺(こつじ) |
| 札所等 | 西国愛染十七霊場第12番 |
| 文化財 | 地球儀・天球儀(市指定有形文化財) |
| 法人番号 | 7120005012939 |
![]() 久修園院 久修園院 (大阪府) | |
歴史
霊亀2年(716年)に行基によって開創され、神亀2年(725年)に落慶した。後に聖武天皇の勅願所となっている。
七堂伽藍の他、多くの塔頭が立ち並んでいたが、慶長20年(1615年)の大坂夏の陣の際に敗れた豊臣方の兵が当院に逃げ込み、寺に火を掛けて自害した。これにより、堂舎の大半が焼失している。
延宝8年(1680年)、医学・宗教学・地理学・天文学・武芸・音楽・絵画・彫刻などに通じた多芸多才で知られる宗覚律師により再建される。
慶応4年(1868年)の鳥羽・伏見の戦いの際、旧幕府軍は当院を橋本本営として本陣を置き、隣接する楠葉台場と共に新政府軍を迎え撃っているが、被害は免れている。
境内
文化財
参考文献
- 西国愛染霊場会『新版 西国愛染十七霊場巡礼』朱鷺書房、2012年
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