九重神社
歴史
享保年間(1716年 - 1736年)に創建された。密蔵院の法印栄尊が氷川神社より分霊を勧請したという。そのため密蔵院が別当寺であった[1][2]。
明治初期の神仏分離がされるまで、内陣には十一面観音が安置されていた[2]。
1873年(明治6年)、近代社格制度に基づく「村社」に列せられ、1907年(明治40年)の神社合祀により、周辺の32神社が合祀された。この32社のうち村社は9社あった。村社が九社重なった神社ということから、「氷川神社」から「九重神社」に改称した[1][2]。
戦後、人心が荒廃し、当社は浮浪者の巣窟と化してしまった。そして1948年(昭和23年)に浮浪者の失火で焼失した。これを機に氏子は敬神の心を取り戻し、3年後の1951年(昭和26年)に再建した[1][2]。
交通アクセス
- 路線バス峯八幡宮停留所より徒歩10分。
脚注
- 埼玉県神社庁神社調査団 編『埼玉の神社 北足立・児玉・南埼玉』埼玉県神社庁、1998年、18-19p
- ご由緒九重神社
参考文献
- 埼玉県神社庁神社調査団 編『埼玉の神社 北足立・児玉・南埼玉』埼玉県神社庁、1998年
外部リンク
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