乞食坂
概要
乞食坂という坂は、かならず寺院の多い場所にあり、その横道や裏道に位置している[1]。寺院の門前はかつて、一年中で最も人出が絶えない場所であり、乞食坂はこうした盛り場に出かけていく乞食の通路であり、休憩場所であったことに由来する[1]。
日暮里の乞食坂
日暮里の乞食坂は日暮里駅近くにある寺、本行寺の前にある坂道である[1]。正式な名称は御殿坂。
現在は鉄道の駅やレールによって坂は半分あまりに断ち切られてしまっているが、かつては坂下に乞食小屋があった[1]。坂上は江戸時代末期に遊山場所として繁栄し、仏寺の多い「日暮の里(ひぐらしのさと)」である[1]。日暮の里にある妙隆寺の隣には七面社があり、ここは寛政年間には延命院として延命日道の色欲両道の稼ぎ場所であり、こうした盛り場と乞食小屋との間に「乞食坂」の名が付くのは必然であった[1]。
脚注
- 「乞食坂」 横関英一 『江戸の坂 東京の坂(全)』 筑摩書房 平成22年11月10日発行
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