二十世紀が丘

二十世紀が丘(にじっせいきがおか[注 1]、にじゅっせいきがおか[3][注 2])は、千葉県松戸市にある地名である。「二十世紀が丘」を冠称する美野里町(みのりちょう)、丸山町(まるやまちょう)、萩町(はぎちょう)、梨元町(なしもとちょう)、中松町(なかまつちょう)、戸山町(とやまちょう)、柿の木町(かきのきちょう)の7町がある。正しい読みは「にじっせいきがおか」であり、『角川日本地名大辞典』なども「にじっせいきがおか」を見出し語としている。

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二十世紀が丘
二十世紀が丘の位置(千葉県内)
二十世紀が丘
二十世紀が丘
二十世紀が丘萩町の位置
北緯35度46分9.7秒 東経139度54分21.83秒
日本の旗 日本
都道府県 千葉県
市町村 松戸市
人口
2017年(平成29年)11月1日現在)[1]
  合計 6,342人
等時帯 UTC+9 (日本標準時)
郵便番号
※本文参照
市外局番 047[2]
ナンバープレート 松戸
※人口は7町丁すべての合計

概要

松戸市南西部に位置し、1970年代ベッドタウンとして造成が行われた。1991年北総線開通以降は、都心方面へのアクセスが向上したこともあり、さらに開発に弾みがついた。

「二十世紀が丘」を冠称する7町は1981年(昭和56年)の町名地番整理により成立したもので、それ以前は大字松戸及び大橋の各一部であった。

なお、南部に位置する北国分駅周辺(市川市堀之内)の一部も含めて「二十世紀が丘」と呼ぶこともあり、すばる書店・サイクルベースあさひなど、一部店舗は市川市内にありながら二十世紀が丘店と名乗っている。

20世紀から21世紀になろうとしている2000年頃には、住民から「21世紀になったら町名はどうなるの?」という問い合わせがあったが、松戸市役所は「改名しません」と回答した。

地価

住宅地の地価は、2017年平成29年)1月1日公示地価によれば、二十世紀が丘丸山町24番の地点で13万7000円/m2となっている[5]

地図・郵便番号等

郵便番号と地図は以下の通りである[3]

町丁郵便番号地図
二十世紀が丘柿の木町 271-0088 北緯35度46分20.4秒 東経139度54分21.0秒
二十世紀が丘萩町 271-0086 北緯35度46分9.7秒 東経139度54分21.8秒
二十世紀が丘美野里町 271-0081 北緯35度46分21.4秒 東経139度54分29.2秒
二十世紀が丘中松町 271-0085 北緯35度46分13.6秒 東経139度54分33.9秒
二十世紀が丘丸山町 271-0084 北緯35度46分11.8秒 東経139度54分42.4秒
二十世紀が丘戸山町 271-0082 北緯35度46分20.7秒 東経139度54分45.1秒
二十世紀が丘梨元町 271-0083 北緯35度46分17.7秒 東経139度54分58.8秒

地名の由来

1888年に当地(現在の二十世紀が丘梨元町)で松戸覚之助が発見した「二十世紀梨」に由来する[6]。また、地区全体が下総台地上の小高い丘に位置するため「丘」を付している。

世帯数と人口

2017年(平成29年)11月1日現在の世帯数と人口は以下の通りである[1]

町丁世帯数人口
二十世紀が丘柿の木町 263世帯 582人
二十世紀が丘萩町 819世帯 1,742人
二十世紀が丘美野里町 463世帯 1,101人
二十世紀が丘中松町 341世帯 778人
二十世紀が丘丸山町 280世帯 627人
二十世紀が丘戸山町 341世帯 888人
二十世紀が丘梨元町 281世帯 624人
2,788世帯 6,342人

小・中学校の学区

市立小・中学校に通う場合、学区は以下の通りとなる[7]

町丁番地小学校中学校
二十世紀が丘柿の木町1~39番地
112~122番地
松戸市立柿ノ木台小学校松戸市立和名ケ谷中学校
40~111番地
123~130番地
松戸市立第二中学校
二十世紀が丘萩町78~84番地
その他松戸市立和名ケ谷中学校
二十世紀が丘美野里町1~190番地
199~232番地
191~198番地
233~239番地
松戸市立大橋小学校
二十世紀が丘中松町全域
二十世紀が丘丸山町1~122番地
123~138番地松戸市立柿ノ木台小学校
二十世紀が丘戸山町全域松戸市立大橋小学校
二十世紀が丘梨元町全域

地域の公共施設

教育施設

緑地・公園

  • 二十世紀公園(二十世紀梨発祥の地・原樹碑、松戸市指定文化財)

その他

  • 松戸二十世紀ケ丘郵便局
  • 二十世紀ヶ丘市民センター
  • 二十世紀が丘消防署
  • JRアパート

道路

周辺


国分川分水路トンネル水没事故

1991年9月19日、台風18号の影響でとちのき通り下に建設中であった国分川分水路に水が流れ込み、トンネル内にいた作業員7名が亡くなる事故が発生した[8]。当時、工事事務所および作業所は梨元町(大橋小学校裏側)にあり、周辺には連日大勢のマスコミ関係者が駆けつけ報道にあたった。これに連動し翌日には萩町のとちのき通りが一部陥没し、住民が避難する事態となった。

交通機関

脚注

注釈

  1. 角川日本地名大辞典』など
  2. 松戸市の作成した地図の「二十世紀が丘」の部分には、ローマ字で「Nijusseikigaoka」と振られている[4]

出典

  1. 松戸市字別世帯数人口表”. 松戸市 (2017年11月15日). 2017年12月5日閲覧。
  2. 市外局番の一覧”. 総務省. 2017年12月5日閲覧。
  3. 松戸市の郵便番号”. 日本郵便. 2017年12月5日閲覧。
  4. Matsudo City Guide Map 松戸市ガイドマップ Eng&Jap 日英”. 松戸市. 2020年9月17日閲覧。
  5. 国土交通省地価公示・都道府県地価調査
  6. 松戸が二十世紀梨発祥の地です”. www.city.matsudo.chiba.jp. 2020年9月17日閲覧。
  7. 小中学校通学区域”. 松戸市 (2017年5月10日). 2017年12月5日閲覧。
  8. 国分川分水路トンネル水没事故 失敗知識データベース(畑村創造工学研究所)閲覧:2010-12-10

関連項目

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