二宮神社 (船橋市)
二宮神社(にのみやじんじゃ)は、千葉県船橋市三山にある神社。式内社論社で、下総国二宮と伝える。旧社格は郷社。古くは三山明神あるいは二宮明神とも称された[1]。
| 二宮神社 | |
|---|---|
|
![]() | |
| 所在地 | 千葉県船橋市三山5丁目20-1 |
| 位置 | 北緯35度42分06.4秒 東経140度03分08.2秒 |
| 主祭神 |
建速須佐之男命 櫛稲田比売命 大国主命 藤原時平命 大雀命 誉田別命 |
| 社格等 |
式内社(小)論社 (伝)下総国二宮 旧郷社 |
| 創建 | 伝・弘仁年間(810年-824年) |
| 本殿の様式 | 権現造 |
| 別名 | 寒川神社、三山明神、二宮明神 |
| 例祭 | 10月16日 |
| 主な神事 | 下総三山の七年祭り |
_torii.JPG.webp)
鳥居
祭神
祭神は神社由緒書に従って記載。
- 伝承によると、治承4年(1180年)に左遷された藤原師経がこの地に住みついた際に祖先の藤原時平を相殿に合せ祀った[2]。時平は菅原道真(天神)の政敵であるため、天神の氏子は当社に参拝しなかったと伝わる[1]。
- 明治時代に摂社・阿波八幡神社を合祀。
歴史
社伝によれば、弘仁年間(810年~824年)、嵯峨天皇の勅命により創建されたという[2]。地名同様「三山」の名は古くは「御山」と見え、当社に起因する。三山氏が先祖代々神官を務めた[3]。
平安時代中期の『延喜式』神名帳には「下総国千葉郡 寒川神社」の記載があるが、当社はその論社とされている。また、下総国の二宮として朝廷からの崇敬をうけたという(ただし旭市の玉崎神社も二宮を称する)。二宮神社と呼ばれ始めた時期は不明であるが、乾元2年(1303年)銘の梵鐘(成田市祥鳳院蔵)に「総州二宮社壇」とあることから鎌倉時代にはすでにこの呼称があったとうかがえる。
天正19年(1591年)には徳川家康から朱印地10石を与えられたほか[1]、江戸幕府将軍からの寄進は幾度にも及んだ。安政5年(1858年)刊の『成田参詣記』では「三山明神社(みやまみょうじんやしろ)」の図の挿絵とともに紹介されている。
明治に入ると、近代社格制度において郷社に列した。明治43年(1910年)に若宮八幡神社と元摂社・阿波八幡神社を合祀した。
古来より「注連下」(氏子の区域)は21・3ヶ村(現在の船橋市東部・北部、習志野市、八千代市、千葉市西部)にまたがる広大な地域に達し、現在でも例祭などで、その影響力を見ることができる。
境内
文化財
千葉県指定無形民俗文化財
- 下総三山の七年祭り - 平成16年3月30日指定。
船橋市指定文化財
- 社殿(有形文化財(建造物)) - 平成4年2月27日指定。
- 斎藤園女等奉納句額(有形文化財(歴史資料)) - 昭和55年10月23日指定。
- 二宮神社神楽(無形民俗文化財) - 平成7年6月26日指定。
- 二宮神社のイチョウ(天然記念物) - 平成24年3月30日指定。
交通アクセス
出典
- 『千葉県の地名』二宮神社項。
- 神社由緒書。
- 『千葉県の地名』三山村項。
参考文献
- 神社由緒書
- 『日本歴史地名体系 千葉県の地名』(平凡社)船橋市 二宮神社項
- 『絵はがき写真に残された明治~大正~昭和-』(船橋市郷土資料館、平成17年3月23日)
- 『祝市制施行70周年~船橋の100年~』(郷土出版社、平成19年2月5日)
外部リンク
- 二宮神社(公式サイト)
This article is issued from Wikipedia. The text is licensed under Creative Commons - Attribution - Sharealike. Additional terms may apply for the media files.
_shaden.JPG.webp)

_honden.JPG.webp)
_haiden.JPG.webp)


