五剣山 (高松市の山)
概要
一つの峰を剣と呼んで、西から一ノ剣、二ノ剣、三ノ剣、四ノ剣、五ノ剣と山上に5つの大きな峰があるためこの名前がついた。[1]また、地元では八栗山(やくりさん)とも呼ばれる。五の剣は1707年(宝永4年)の宝永地震で割れている[2]。
これらの剣の山頂にはいくつもの祠が点在し、四ノ剣の中腹には岩窟があり修験道の行場となってる。 かつてはこれらの剣へ登れたが現在は岩が風化し脆く危険なため、南側中腹にある八栗寺本堂の左から石段で上がったところにある中将坊大権現堂からさらに上へは入山禁止とされている。そのため標高375mの最高点は四ノ剣であるが、366mの山頂表示がニノ剣にあり、四等三角点のある366.09m地点は一ノ剣の西端に位置している。また、八栗寺の多宝塔の右側にも登山口があったが入山禁止の立札がある。また、山中にある「岩越の大日」は空海が彫ったとされる約3mの摩崖仏で上部の黒い層と下部の砂の層の間の真っ白い層に彫られている。
八栗寺は、四国八十八箇所の第八十五番札所で、山号が五剣山である[3]。 また山麓では日本三大花崗岩として有名な庵治石が採石され、墓石などの高級石材として加工されている。
ギャラリー
五剣山と八栗寺
一ノ剣の西端にある三角点
二ノ剣にある366m表示
四ノ剣にある375mの最高点
五ノ剣から東を見る
中腹の岩窟
岩越の大日
脚注
- 五来重・著「四国遍路の寺(上)」平成8年2月29日発行の270ページ
- 1707年宝永地震による讃岐五剣山の岩盤崩壊 (PDF) - 香川大学、2002年5月28日。
- 四国第八十五番霊場 五剣山 八栗寺
外部リンク
- 五剣山・八栗寺 - 高松市牟礼庵治商工会
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