井上凱文
井上 凱文(いのうえ いつのり、1944年〈昭和19年〉1月5日[1] - )は、元山陽放送(RSK)アナウンサー。岡山弁協会名誉顧問。
いのうえ いつのり 井上 いつのり | |
|---|---|
| プロフィール | |
| 本名 | 井上 凱文 |
| 出身地 |
|
| 生年月日 | 1944年1月5日(80歳) |
| 血液型 | B型 |
| 最終学歴 | 甲南大学 |
| 職歴 |
山陽放送 フリーアナウンサー |
| 活動期間 | 1966年 - |
| ジャンル | 情報番組 |
| 出演番組・活動 | |
| 出演経歴 | 奥さん!10時です |
番組内では、井上いつのりと紹介されることが多い。
概要
- 兵庫県神戸市出身。姫路市立姫路高等学校、甲南大学卒業[2]後、1966年に山陽放送(RSK)へ入社[2][3]。
- 就活時は銀行より内定を経ていたが、デスクワークよりも動く仕事をしたいと新聞社も受験したが、通らず。地元関西の放送局は求人をほぼしておらず[4]、最終的にRSKより内定を得た。
- 土曜早朝のラジオ番組『井上いつのりのおはようさん』を担当していた時はCM中、歴代の相方の後輩女性アナウンサー(荒木美佐子など)に厳しく指導をしていた。
- 後にラジオ局アナウンス部長[3]、ラジオ局次長・アナウンス部長、ラジオ局長[3][5]を歴任。
- アナウンス部長時代には、国司憲一郎、高畑誠、小林章子、武田博志、中村恵美等の人材を育てた。
- 2004年に定年退職し、以後は主に講演(岡山県内)や講座(山陽新聞カルチャープラザ)の活動を続けている。また隣県の兵庫県西宮市での講演経験もある。[6]。
- 趣味は、ゴルフ、旅行、時計のコレクション[2]。
- 23歳上の母親がおり、岡山市内に住んでいる。
- 成人前より、全国紙・山陽新聞・スポーツ紙をそれぞれスクラップし、ジャンルごとのファイルに分ける習慣を続けている。
過去の担当番組
ラジオ
- 山陽新聞ニュース(若手時代)
- 野球実況
- 歌謡曲ワイドサンデー
- 井上いつのりのなつメロコーナー(1972年-1994年。日曜14時5分-15時)歌謡曲ワイドサンデーの1コーナーが独立。[1]
- ヤングスタジオ(午前0時代)
- 井上いつのりの男と女のI LOVE 湯(1985年-1993年。土曜17時15分-17時45分)[1]※中四国地方ブロックネット番組。2012年には復活特番も放送[7]。
- 井上いつのりのおはようさん(土曜7時-9時)[1]
- いつのりの陽気な喫茶店(日曜17時-)
- なんじゃこらクッキング(木曜11時10分-)
- 井上いつのりの人生春夏秋冬
- どきどき!ラジオタウン(木曜)
- いつのりの朝からおじゃましま~す
- いつのりのおしゃべりパラダイス(日曜12:15~13:00)
- お元気ですか?いつのりの早起きラジオ(平日4-5時)
- いつのりのちょっとそこまでオットット!(-2007年4月1日)
- いつのりのあの日あの頃、思い出行き(2007年4月8日-2009年3月29日)
- 倉敷団塊列伝(FM倉敷。2010年8月6日にゲスト)
CM
- 倉敷製帽(1970年-)
- カメラのサンヨー(山陽映画〈現:RSKプロビジョン〉が運営)
- 岡山県環境整備協会
- インポートショップ トレンド
- 飛鳥グループ
イベント
- 井上いつのりのランチパーティー
脚注
- 『DJ名鑑 1987』三才ブックス、1987年2月15日、263頁。NDLJP:12276264/132。
- 『岡山おもしろ人物図鑑』164頁。
- 山陽新聞カルチャープラザ. “井上いつのり話し方講座”. 2013年4月20日閲覧。
- 採用をされたのは毎日放送へ斎藤努、水谷勝海のみ。
- 当時のラジオ局はラジオ制作部、ラジオ編成部、アナウンス部(当時の部長は後輩の浜家輝雄)で成り立っていた。
- 西宮市 平成18年度の平和啓発事業
- “中四国ライブネット バックナンバー”. RCC中国放送. 2020年5月27日閲覧。
参考文献
- 『岡山おもしろ人物図鑑』 瀬戸内経済レポート、1994年。ISBN 4-916025-00-8
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