井伊谷宮
井伊谷宮(いいのやぐう)は、静岡県浜松市浜名区引佐町井伊谷にある神社である。旧社格は官幣中社。建武中興十五社の一社である。
| 井伊谷宮 | |
|---|---|
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| 所在地 | 静岡県浜松市浜名区引佐町井伊谷1991-1 |
| 位置 | 北緯34度49分45.26秒 東経137度40分4.27秒 |
| 主祭神 | 宗良親王 |
| 社格等 |
旧官幣中社 別表神社 |
| 創建 | 明治5年(1872年) |
| 例祭 | 9月22日 |
| 地図 |
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概要
明治維新以降、建武中興に功績のあった南朝方の人物を祀る神社が数多く創設されたが、そのうちの一つである。
後醍醐天皇の第四皇子で南北朝時代に征東将軍として関東各地を転戦した宗良親王を祀る。社殿の背後に親王の墳墓がある。神紋の李花紋は、歌人としても有名であった宗良親王の家集『李花集』に因むものである。
社名
創建当初は「宗良親王御社」といったが、明治5年(1872年)1月23日に地名より「井伊谷宮」と改称された。
歴史
建武中興に際して、宗良親王は南朝方の皇族として関東各地を転戦し、元中2年(1385年)8月10日に井伊谷で薨去、同所に墓所がたてられた。
親王が同所滞在中、領主の井伊道政と井伊高顕に助けられたとの伝承から[1]、明治2年、末裔の井伊直憲(彦根藩知事)が井伊谷に宗良親王を祭る神社創建を出願し、明治天皇より勅許が下る。
明治5年(1872年)2月12日に鎮座祭が神祇省の役人によって行なわれた[2]。
初め社格がなく、神官を置かず、宮内省式部寮の役人が祭祀を執行していたが、明治6年(1873年)6月9日に白峯宮(白峯神宮)、鎌倉宮とともに官幣中社に列せられた[3]
- 年表
脚注
- 岡田米夫「神宮・神社創建史」30-31頁。
- 「宗良親王御社ヲ井伊谷宮ト称ス附鎮坐祭典官員参向・三条」、『太政類典』第2編(明治4年~明治10年)、第256巻、5。
- 「自峯宮并鎌倉井伊谷二宮ヲ官幣中社東照宮ヲ別格官幣社ニ列ス」、『太政類典』第2編(明治4年~明治10年)、第256巻、8。
- 「宗良親王御社地御墓地区別ヲ定ム」、『太政類典』第2編(明治4年~明治10年)、第256巻、6。
- 「井伊谷宮ヘ奉幣使参向」、『太政類典』第3編(明治11年~明治12年)、第56巻、87。
参考文献
- 『太政類典』、国立公文書館デジタル・アーカイブにより2011年9月閲覧。
- 岡田米夫「神宮・神社創建史」、松山能夫・編『明治維新神道百年史』第2巻、神道文化会、1966年。
公式サイト
- 井伊谷宮 - 公式サイト
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