井土周徳
経歴
竹森代四郎の子として筑前国に生まれる。師の井土魯坰に男子が無かったため、その養嫡子となり、家学を紹述する[1]。明和7年(1770年)魯坰が没し、家督を継いで藩儒となる[2]。
安永6年(1777年)京都に1年遊学し、天明4年藩校修猷館が創立されるや、その教官となる。また、福岡藩主黒田治之の侍講として江戸に扈従し、江戸藩邸で講説した[2]。
寛政3年(1791年)修猷館総受持(館長)竹田定良により、奥山弘道、島村遜とともに、修猷館総受持助に任命され、定良の総受持職を3名で輪番で補佐することとなった[3]。寛政11年(1799年)総受持の学務を摂政した[2]。
出典
- 『福岡県先賢人名辞典』(文照堂書店、1933年)6頁
- 笠井助治『近世藩校に於ける学統学派の研究 下』(吉川弘文館、1970年)1561頁
- 『修猷館二百年史』(修猷館二百年記念事業委員会、1985年)30頁
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